人間の移動は面倒だと思う。二本の足でてくてく歩いて、よく飽きないものだ。あの足の短い子供も同じ距離を歩いていったというのだろうか。全く人間は酔狂だ。幼くとも本質は変わらないらしい。

「よう、何してんだ」
「山護の孫娘探してんねん。知らんか?」
「ああ、アレか。見かけたな。月宿のバス停にいた」
「月宿? 何でまた俺の担当区域やねん。まあええわ。おおきに」
「なに、探してんの? 何で?」
「ちょっとな」

 知り合いの烏天狗は容易に情報を流してくれて、彼はまた人間らしくてくてくと歩き始めた。春の木漏れ日が眩しかった。月宿まではまだ距離がある。しばらく歩いてみたけれどただ歩き続けるのには飽いて(だって、彼は空を飛べる烏天狗なのだ)、彼は一応周囲を見回して誰もいないことを確認してから、一歩、二歩、三歩歩いて地面から足を離した。背中から黒い羽根が生えて、空へ舞い上がる。見晴らしが良くなった。これならバス停までひとっ飛びだ。

「……よう考えたら、面倒やなあ」

 相手は小さな子供だ。目標が小さいからいっそう見つけにくい気がする。しかも彼は孫娘を遠目からしか見たことがないのだ。写真でも見せてもらって確認すれば良かった。

「……適当に人間のチビ攫って持って行くか」

 ひとまず知り合いの烏天狗に聞いた通り、バス停を見て回る。案外簡単に、孫娘は見つかった。ぴょんとはねた触角に、髪を高い位置で二つに結んでおり、アルパカの顔が正面にでかでかと印刷されたリュックを背負って、バス停の時刻表とにらめっこしている。今年で四歳になるということだが、時刻表は読めるのだろうか。彼には人間の発達段階に関する知識はない。

 彼は滞空したまま、しばらく孫娘を眺めた。不意に孫娘は顔を上げて空を仰ぐ。目が合った気がした。もしかすると、妖怪が見えるのだろうか。くりくりとした丸い目が真っ直ぐに彼を――烏天狗を見ていた。

「こまりました」

 存外しっかりした、けれどまた舌っ足らずさを残した幼く高い声で、その孫娘は途方に暮れた。視線がバスの時刻表へ戻る。やはり、烏天狗の姿は見えないようだ。

「バスが、きません」

 とりあえずさっさと回収しよう。烏天狗はそう決めて人に化ける。来ないのは当たり前だ。田舎のバスの本数は少ない。それに彼女が乗ろうとしているバスは市内巡回バスで、同じ場所をぐるぐる回るだけだから彼女はどこにも行けない。