頑固な山護のジジイが頭を下げて烏天狗に頼み事なんてよっぽどのことだろうと思って気まぐれに聞いてみると、なんと御歳よっつになるという孫娘の捜索依頼だった。

「何で行方不明になったん」
「分からん……」

 机の上には幼稚園児にしてはまともな、けれどひらがなだらけでたいへん読みにくい文字で書かれた置き手紙があったと言う。「おとうさんとおかあさんをさがしにいきます。ふう」

 市外になれば自分一人では見つけられない、だからお前の力を貸してほしいと、いつもの偏屈さはどこへやら、頑固ジジイが眉を八の字にして頭を下げて頼むものだから、その烏天狗にはそれが面白くてつい安請け合いしてしまった。人間の子供の足のことだ。バスや電車に乗ったとしても県外までは行くまい。烏天狗のネットワークを駆使すればすぐに見つかるだろう。

「見つかったらドラクエの最新作買ってもらうで」
「分かったからさっさと探しに行け!」

 烏天狗よりもずっと年下のくせに、外見の威圧感と有無を言わせぬ厳格さで架牡蠣の山護を務めているジジイのたった一つの弱点が、小さな小さな孫娘だ。母親は早くに亡くなった。父親は元々放浪者で娘の存在すら知らない。だからこそジジイはその孫娘をとびきり大切にしているのだ。とは言っても甘やかさずに厳しくしつけているあたり、何とも彼らしいと思う。

 その孫娘は体力も運動神経も桁外れで、小さな体で架牡蠣の山を走り回るとんでもない少女だ。烏天狗の中で知らない者はいないと言われるほどの有名人で、大きなくりくりとした目に愛らしい顔立ちはちっとも偏屈ジジイに似てやしない。そしてジジイの孫娘だというのに、妖怪は見えないと言う。この烏天狗も遠目には見たことがある。いつもぴょんと跳ねた触角のような前髪を引っ張りたいと思ったものだ。子供は好かないので近寄ったことはなかったが。

 何の制約もなく人間に化けられる烏天狗は数が限られる。しかもそんな烏天狗は、人間を好いていながらも干渉を拒む真面目な奴らが多い。恐らく好んで人間に化け、時折人の世に混ざって「査定」を行う変わり者は、精々この烏天狗一人くらいだ。彼は公衆トイレの鏡の前、波打つ自身の髪をちょいちょいと摘んで直す。どこからどう見ても一般人だ。

(ま、最近は人の世に出ることもなかったしな。息抜きには丁度ええやろ)

 烏天狗の変わり者は、トントンとつま先を地面にぶつけてから、ジジイの孫娘の捜索を開始した。