「今日、あんた達の祓玉を抜く」

「な……! そんな、今日って」

「正確には今晩。日付が変わった瞬間だね」

「早過ぎます。そんなの」

「しかしそこでちょいと、問題が生じてね」

「……問題?」

「ユーキが頭の良い子で良かったよ。これが他の奴らだったら早過ぎるってとこばかりを見て話を聞きやしない」

「それはどうも。それで、問題って」

「その代わりせっかちだね。まあいい。単刀直入に言うと、あんたの祓玉、抜けないんだよ」

「は?」

「見たところ、あんた、あの子と恋仲だろう?」

「……そうですが」

「キスはしたかい?」

「……」

「黙ってるってことはしたんだね」

「それがどうしたって言うんですか」

「困ったことにね、あの子の主の力が、キスを通してあんたに流れ込んだみたいなんだよ。そしてあんたの祓玉に行き着いた。
 妖怪としては強力過ぎる主の力の影響を受けて、祓玉はあんたの体に定着しちまったんだ」

「定着……」

「まあ、大体あんたのせいだよ」

「と言いますと?」

「アタシに言わせるのかい? 推測だけど、大方、アンタはロミオとジュリエットみたいなことでも考えていたんだろう? 
 だから、まだ主として安定していないあの子から漏れた主の力を吸い取っちまったんだよ。ユーキ、ちょっとあの子に惚れ過ぎだね」

「……指摘されると恥ずかしすぎる……」

「まあいい。という訳で、あんたに定着しちまった祓玉を抜こうとすると、玉が抵抗して体がパーン」

「怖ッ!」

「と言うわけで、あんたの玉は抜けない。けれどそれだと困ったことが起きてね」

「困ったこと?」

「あの子は祓玉を抜くときの願いを、あんた達の記憶から自分が消えることだと決めたんだ」

「な、」

「自分が主になってしまったことで、皆さんに罪悪感を抱かせてしまっているからって言ってたね。あとは、記憶が残っていたら自分がきちんと主の役目を果たすことができなくなりそうだとも。とにかく、自分の記憶が残っていることはマイナスにしかならないってね」

「……そんな」

「まあ正式には、あの子の玉も主の力と融合しちまったせいで抜けないから、アタシが叶えてやるつもりなんだけどさ」

「……」

「前にも言ったように、祓玉を体に入れてからの記憶は祓玉の中に刻まれる。
 けど玉があんたに定着しちまった。玉の中の記憶を抹消することはできないから、抜けない以上アンタは記憶を保持することになる。
 けどアタシには、浄化活動をしてくれたあの子には恩があるし、その願いを叶える義務がある。
 だから折衷案として、あんたの中のあの子の記憶を、あんたの祓玉の中に封じることにしたんだ。逆転の発想って奴だね」

「……なるほど」

「理解したかい? それにしちゃ、存外冷静だね」

「ところで十九波さん、俺の玉が抜けないということは、俺の願いはどうなるんですか?」

「ああ、それはあの子と同様、アタシが叶えてやるよ。何が良い?」

「『俺の記憶を封じないでほしい』」

「……」

「叶えてくれますよね?」

「……やっぱり賢いねえ、ユーキ」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「まあでも、予測はしていたことさね。……そうさねえ。こうしようか」

「何でしょう?」

「あんたとあの子の願いは、今この時点では両立しない。だからあんたの願いには、条件を付ける」

「条件?」

「あの子が自らユーキに会いに行くこと、それが第一条件だ。これがあんたの記憶の封印を取る役目を担う。そして第二条件が、ユーキがあの子の名前を思い出すこと。そうすればあんたの中の玉の記憶が戻る」

「……随分厳重なんですね」

「祓玉に細工するんだからね。丁寧にやらなきゃパーン、だ。
 それに、恋愛ってのは相互的なものだよ。今の状況じゃ、あんたが一方的にあの子に迫っているようなものじゃないかい」

「……」

「だから、あの子が自らあんたに会いに行くのが前提条件だ」

「……分かりました。未来のいつかの俺に、託します」

「そうと決まれば、笑って送り出してやりな。あんたらは忘れても、――は忘れられないんだ。未練たらしいことを言ってあの子を苦しめるんじゃないよ」

「……はい」

「アンタは本当に、――が好きなんだねえ」

「ええ、とても」

「アタシも、折を見てあの子にあんたに会いに行くよう進めてみるよ。ただ、チャンスは一度だけだ。二度は与えられない。……まあ、好きなら思い出せるさ、あの子の名前を」