「もう広瀬! どこ行ってたのさ!」
「全くだ。手間かけさせんなよ広瀬」
「葉村くん、心配してたもんね」
「バカ、違えよ! 広瀬がいなくなったって先輩が騒ぐから、寝てるとこわざわざ起きる羽目になったんだからな! 傍迷惑だっつの」
「じゃあ寝てればよかったのに」
「広瀬……お前……」
「はいはいお前ら、じゃれるのはそこまでにしろ。広瀬はとりあえず風呂入れ。説教は後でな」
「疲れているので、お風呂上がったらすぐに部屋に行って寝ますね」
「……ひーろーせーえ。お前いつにも増してひねくれてるな! 先生は悲しいぞ!」
「冗談ですよ。みんなも、探してくれてありがとうございました。ほんとに何でもないので、先に寝ちゃってください」

 五人の姿を見送って、風羽は微笑んだ。風羽がそこにいたことはすっかり忘れてしまっているようで、風羽がここにいるのも見えていないようだった。これが人と妖怪の違いだった。風羽は決定的に彼らとは違ういきものだった。

 風羽は寮生と米原の背を押して寮に入るよう促す広瀬の背を見つめた。

「お別れです」

 風羽の中の祓玉は、抜かないでそのままにしてある。十九波が言うには、主の力と妙な形で融合してしまい、抜けば力が反発して風羽の体が爆発してしまうのだそうだ。風羽はこっそりと安心していた。これで風羽が広瀬を忘れることはない。風羽は広瀬を想うことができる。

 寮の皆は、優しい人々だ。風羽はそれを知っていた。だから風羽に関する記憶は消えてよかったのだ。彼らは一人一人、形は違うが、風羽が妖怪になってしまったことに罪悪感を抱いていた。けれどこの選択は、風羽が勝手にしたものだ。彼らが思い悩む必要はない。

「さようなら、皆さん」

 幸せでいてほしい。彼らに幸せがあれば良い。そうでなければ、風羽が月宿の主になった甲斐がないではないか。

 わいわいと話す声が寮に吸い込まれていって、風羽はひとりになった。寂しさがじんわりと胸に広がったけれど、風羽はそれにそっと蓋をした。

「さようなら、広瀬くん」

(私もあなたのことが好きです。ずっと、想っています。あなたが私を忘れてしまっても、ずっと)

「今度は、私が片想いですね」

 風羽はこれから、長い長い片想いをする。相手には自分の姿も見えないし、共に過ごした記憶もない。叶う見込みなんてまるでない、無いもの尽くしの絶望的な恋だった。