「あいつはまだ若い。それに女だ。惚れた男と所帯を持って、幸せに生きる道だってあったはずだ。生まれ育った土地でもない月宿のために、どうして人を止める道なんて選んだんだ? もっと何か、別の方法だってあったはずだろ? 嫌がったり、躊躇して答えを出さないでいたりしていれば、俺達が追い付いて、水の魂鎮の儀式を中断させることだってできた。どうしてあんなにあっさり、妖怪になっちまったんだ。普通の女としての幸せを全部捨てることになるってのに」

 それはお前だって同じだろう、と言いたい気持ちを抑えて、米原は黙った。戸神の疑問は、そのまま高校生のときの米原が戸神に対して抱いていたものだった。夢であった教師になり、誰かに恋をして、結婚して、幸福な家庭を築く。そんな普通のありふれた人生を捨てて妖怪になるなんて、まだ若かった米原にはどうしても理解できなかった。

「……そんなの、俺が知りたいよ。戸神」

 幸福そうに米原の作ったご飯を食べていた風羽を思い出すと、いっそう心がわだかまる。少しだけ奇妙な、可愛らしい生徒だった。まだ十五歳で、選べる未来がたくさんあった。それを全て投げ打ってまで、彼女にとっての月宿とは守る価値のあるまちだったのだろうか。米原には分からなかった。米原は「ありふれた未来」を選んだ人間だからだ。

 皆を部屋に返してから、十九波は米原に告げた。明日の夜中、日付が変わるそのときに四人の祓玉を抜く。そして同時に、入れたままだった米原の祓玉も抜く、と。十九波との約束を破って、大禍時の月宿神社まで向かったのは米原だ。風羽を心配した生徒達を追ってあの場所へ行ってしまえば、米原が知らんぷりをしなくてはいけなかった妖怪達に出会うことは分かっていた。だから、これは自業自得だ。米原は自分のせいで、過去の戸神と今の風羽を失ってしまう。

 風羽がいなくなってしまうこの寮で、米原は一体何ができるのだろう。きっと祓玉は都合良く記憶を補完して、彼女がいたことなどすっかり忘れさせてくれる。菅野風羽の不在という、この寮に空くはずの隙間は最初から無かったことになって、むさ苦しい男四人の男子寮になってしまうのだ。

 隙間が空いてしまえばいいのに、と米原は思う。いい加減な何かで無理やり埋められるくらいなら、冷たい隙間風に身を震わせてしまうくらい、大きな穴を開けてくれればいいのに。米原は自分の中にあるはずの祓玉にそう祈ったが、当然返事などあるはずもなかった。