「そういやニャンコちゃん、一つ聞きたかったんやけど」 「何だい、藪から棒に」 「ハムと、ノリと、ネコ男くんの記憶……本当に消したん?」 「……」 「ずっと聞こう思て忘れててん。この間ノリと会うたとき、エコ部のメンバーが四人だった気がする、て言うとった。あと、放送部におったんは俺とノリだけやったか、ともな」 「……え、どういうことだ?」 人間が首をかしげて、烏天狗は追及の目を鋭くする。彼らの広瀬に関する記憶は、彼らが祓玉を抜かれると同時に消されたはずだ。化け猫は二人の追及から目を逸らし、しばらく遠くを見て、ふう、とため息を吐いた。 「友情献身博愛、ってのは、案外馬鹿にできないもんでねえ。ユーキに関する記憶を消そうとしたとき、あの子達の気持ちに反応した祓玉に激しく抵抗されたんだよ」 「それって……」 「あの子達は、まだ玉憑きのままさ。ただ、ユーキのことを覚えていたら、それこそ何するか分からないと思ったから、鍵をかけて封じておいたんだよ」 「……つまり、あいつらの記憶は消えてない……?」 「そういうことになるね。ただ、封じておいただけだ。レンについては、まあ最近忙しかったからね、その封印に綻びでも生じたんだろう」 「ちなみに、その封印が解ける鍵は?」 烏天狗が聞くと、化け猫はニヤリと笑った。 「ユーキが心から、あいつらに『会いたい』って口にすることさ」 その言葉を聞いて、烏天狗と人間は一度顔を見合わた。すぐに、片方は腹を抱えて笑い、もう片方は苦い顔をして肩を落とす。その対照的な反応を予測していたのか、化け猫は悠々と足を組んでふんぞり返っていた。 「ほんま、ニャンコちゃんも性格悪いわあ」 「あんたに言われたかないね」 「あの強情な広瀬がそんなこと言うはずないじゃないですか。空閑や法月相手ならまだしも、葉村相手に『会いたい』なんて言うはず……」 「無いだろう? だからそれを鍵にしたのさ」 心底愉快そうに十九波は笑う。 「まあ、あの子がそんなことを口にできるくらい素直になれたんなら、奇跡の一つや二つ、起こってもおかしくないはずさ」 痛ましいほどに自分に執着しないあの子が、そんな可愛らしい願いを口にしたなら。 全てがまあるく収まるような未来が見えたって、何もおかしくないことはないのではないか。十九波はそう考えている。 「おや、もうそろそろ昼休みも終わりですね」 「ああ、そうだね。ごめんね、呼び出して」 「いえ、広瀬先生とお話できて楽しかったです」 「最近じゃ話さない日の方が少ないと思うけど」 「……意地悪なことをおっしゃいますな。私はあなたと話せるだけで嬉しいのです」 そう言いながら頬を膨らませる可愛い女の子を見て、広瀬は思わず笑みをこぼす。前よりも少しだけ近くなった彼女との距離は存外心地よく、気を張らずにいられることが嬉しかった。 器用貧乏で様々なものを無意識に抱え込もうとする広瀬の悪い癖を知っているから、風羽はそれを叱って止めてくれる。無理はしないでください。私にも分けてください。そういった彼女の優しい言葉のひとつひとつが広瀬の体を軽くしてくれる。 「ほら、授業に遅れるよ」 「……分かりました。では広瀬先生、また放課後に」 「うん。後でね」 「御意」 広瀬が意図的に話題を流したことを不服そうにしながら、生来真面目な性格である彼女はすぐに立ち上がり、広瀬に背を向ける。 「菅野さん」 「はい?」 わざと呼びとめると、風羽は首をかしげながらこちらを振り向いた。 俺にとって君は支えだ。君がいたから今ここにいることができる。心から思う言葉は、口にするとひどく陳腐で安っぽいフィクションのように聞こえてしまう気がするから、いまだにうまく言うことができないでいた。 だから代わりに、それらの感情が一番端的に伝わるような言葉を、彼女に贈ろう。その言葉一つで春が訪れ、花が芽吹くように思うのだ。彼女の七年物の恋心には敵わないかもしれないけれど、その想いに応えられるような気持ちを抱いていたいと思う。 「好きだよ」 広瀬の唐突な告白に彼女は目を丸くする。ぽかんと口を開けて広瀬を見ていたかと思うと顔を赤くして俯き、ぎゅっと自分の手を握りしめる。それからゆっくりと視線を上げると、真っ直ぐに広瀬を見た。 「私も、あなたが好きです」 (そう言って君は嬉しそうに笑う) そう、恋する少女は、まるで。 まるで花のように、笑うのだ。 シ ェ ル ク リ ッ ズ に 恋 す る く ら い な ら 。 22歳と15歳のはなし・完 |