「嫌です」

 風羽はきっぱりと言い切る。その言葉を予想していなかった訳ではない。

「私は主のあなたしか知りません。あなたが妖怪だからと言って、どうして出会ったことを忘れなければならないのですか?」
「……もう止めなよ。甲斐のない恋なんて続けるものじゃない」

 年上ぶって諭すように言ってみても、風羽は広瀬の言葉に首を振るばかりだ。

「簡単に変わるものではありません。変えられません。私の七年分の恋心を舐めないでいただきたい」

 知っている。言葉で、態度で、彼女はもう何度も広瀬が好きだと伝えてきた。一度それを断って、もう一度それを拒絶しても、彼女は諦めなかった。

「俺は君に好かれる程、魅力のある奴じゃないよ」
「それは私が決めることです」

 風羽は広瀬に手を伸ばす。いつの間にか強く握りしめていた拳を、風羽は両手でそっと包み込んだ。

「愛する男に一途でいろと祖父に教えられました。私はあなたに会うために月宿に来たのです」

 広瀬には分からない。だって広瀬は、こんなに一途に誰かに恋をしたことが無いからだ。真っ直ぐな目に見つめられるとどうすれば良いのか分からなくなる。ざわざわと、妖怪になるときに閉じ込めてしまった人間の自分が目を覚ましてしまいそうだ。

「私の心を否定しないでください。優希くん」

 彼女が名前を呼ぶ。あの頃と同じ呼び方だった。呼ばないでほしい。甘やかそうとしないでほしい。広瀬は月宿の主だから、それを全うするためには彼女の存在が邪魔なのだ。

「もう喋らないで」
「いやです」
「お願いだから」

 広瀬は風羽の手を勢いよく、自分の方に引き寄せた。

「お願いだから、もう喋らないで」

 そうでないと想いに当てられて、君を好きになってしまいそうだから。