「俺が主になったのは、そういう訳だよ」

 一通り話し終えると、風羽は聞き足りないことを探るように黙り込んだ。しばらくの沈黙の後、彼女はようやく顔を上げる。

「では、架牡蠣にいらっしゃったのは」
「月宿の主になったのは良いんだけど、俺はあくまで呼び込み体質だったから。土地の穢れをコントロール出来るようになるには技術が足りなかったんだ。だからその方法を学びに、少しだけ月宿を離れたんだよ」
「そうだったのですか」
「あの烏天狗……千木良先輩って俺は呼んでるけど、その人が上に掛け合ってくれてね。後は、架牡蠣の山は烏天狗が大勢暮らす神聖な場所だから、処理出来ずに俺の体に集められた穢れを一時的に清めるためかな」
「……広瀬先生は、今年月宿高校の教師になったのですよね? それは何故ですか?」
「さっきの神官、水城一陽って言うんだけどね。その片割れの小田島創一って人が、今の俺と同じように人に化けて月宿高校の教師として働きながら、この土地の掃除を呼び掛けてたんだ。今年になってその人が体調を崩してそれが出来なくなったから、俺が変わりに」
「その方は、今は?」
「奥の部屋で休んでる。水城先輩が殆ど付きっきりで診てくれてるから、任せてるんだ。俺はたまにここに来て土地の穢れをコントロールしに来てる」
「……」
「何となく分かった?」
「はい」

 風羽自身が幼い頃から妖怪を見ていたからだろう。話を聞いても風羽は随分と落ち着いていた。

「外見は妖怪になった時から変わらないから、人間に化けるときは少しだけ外見年齢を上げてるんだ。さっきは驚かせてごめんね」
「いえ、確かに少し驚きましたが、嬉しかったです」
「嬉しい? 何で?」

 広瀬が首を傾げると、風羽は微笑んだ。

「まるで高校生の時の優希くんにお会いできたようで嬉しいです」

 ここに来てから少し強ばっていた風羽の表情がほどけて、広瀬はほっとすると同時に心臓がずきりと痛むのを感じた。これだから、困るのだ。危ういほどに真っ直ぐな彼女の恋心は、広瀬の本音を引き出そうとする。

「広瀬先生、お聞きしたいことがあります」
「何?」
「何故、妖怪になられたのですか?」
「さっき説明した通りだよ。俺が妖怪になれば全部が丸く収まる。他に人がいなかったんだ。それだけだよ」
「それだけでしょうか?」
「それだけだよ」
「ならば、何故私の目を見てくださらないのですか」

 知らず知らずのうちに視線を逸らしていたらしい。広瀬が顔を上げると、風羽の澄んだ目が広瀬を真っ直ぐに見ている。

「……俺は、自分が嫌いだったんだ」

 言わない方が良い。言うべきではない。そう思うのに、彼女の目を見ていたら、かつて葉村や空閑、法月には隠していた言葉が口をついて出て行く。

「一緒に過ごした人達に、この体質のせいで迷惑をかけることに耐えられなかった。俺は俺自身が嫌いだったから、別に、妖怪になっても良いやって思ったんだ」

 話さなければ良かったかもしれない。広瀬は、彼女にとって憧れの「優希くん」でいるべきだったのかもしれない。けれど彼女を見ていると、嘘が吐けなかった。卑屈で後ろ向きで打算的で、自分が大嫌い。そんな晒したくない自分を見せてしまいそうになる。

 彼女の恋心が、そんな広瀬を許容してくれるのではないかと甘えてしまいそうになる。

「君は俺に出会うべきじゃなかった」

 真っ直ぐな人間の風羽と、自分が釣り合う訳がない。彼女が広瀬を好きだと言っても、広瀬は妖怪だ。彼女の好意には答えられない。

「忘れて」