「何でこんなことしたんだよ!」

 葉村の声が広瀬を責める。

「もっと別の方法があったかもしれないのに」

 法月の声が出来事を嘆く。

「広瀬くん、駄目だよ……」

 空閑の声が広瀬を呼び止める。

「ごめん、でも、これが一番良いんだ」

 広瀬がその言葉を突き放す。

「何が良いんだよ! ちっとも良くねえよ!」

 最初はあんなに広瀬を嫌っていた葉村が、必死で引き止めようと泣きそうな顔をしていた。隣で何度もその言葉に頷いている空閑は、耐えきれなくなったのか、ぼろぼろと涙を零している。それを見て、ああ、何で彼らがここに来ないように気を回せなかったのか、と後悔する。雨が降り続ける月宿池で、広瀬はぼんやりと彼らを見ていた。

(何でこんなことになったんだっけ)

 放送部の活動の一環で、渡り廊下にある社を調べたのがきっかけだった。その中にあった銅鏡から出て来た煙を浴びてカエルになって、十九波に土地浄化の取引を持ちかけられた。そこから寮生活が始まって、仲違いをしながらも何とか浄化活動を進めていった。

 二つめのきっかけは、月宿神社の御神体に触れたことだ。そのせいで広瀬の呼び込み体質が膨れ上がり、他人にまで不運を撒き散らす羽目になった。それに目を付けたのが、水城だ。

「広瀬優希」

 水城が後ろから呼び掛ける。

「時間だ」

 主の力を取り込んだ広瀬が人間をやめれば、呼び込み体質をコントロールし、この土地の穢れまでもを操ることができるようになる。水城はそう言って、広瀬に妖怪にならないかと持ちかけた。

「はい、もう行きます」

 水城の言葉の裏に気付いていなかったかと言われたら、嘘になる。水城は嘘は言っていない。ただリスクを言わなかっただけだ。けれど、別にそれで良いと思う。

「葉村くん」
「何だよっ」
「何が良いかってさ」

 首を傾げる葉村に、広瀬は、葉村が大嫌いに違いない優等生の笑顔を向ける。

「効率、だよ」

 死ぬわけじゃない。人間をやめて、妖怪になるだけだよ。俺一人が人間を止めるだけで、彼らに不幸を撒き散らすことも無くなる。土地に溢れる穢れを操ることが出来るようになれば、彼らが暮らすこの土地をどうにかすることも出来る。

 だから、良いのだ。




「広瀬先生」

 彼女の声に、広瀬は顔を上げる。あれからもう七年も経つ。月宿の主となった広瀬は妖怪として出来損ないで、力を上手くコントロールすることが出来なかった。そのために月宿の主としての挨拶がてら、烏天狗の住む架牡蠣を訪れ、力の使い方を学ぶことにした。

 そして、風羽に出会った。

「話を聞かせてください、広瀬先生」

 神社の中に招かれた彼女は行儀良く正座しているが、その顔は緊張のせいかほんの少し強張っているように見えた。彼女の姿を見ると、七年の時間を実感する。彼女は成長した。広瀬は何も変わっていない。それが妖怪と人間の差だった。