「あ、兼子。菅野知らね?」
「菅野さんなら演劇部の子に連れて行かれた」
「何故演劇部」
「学祭の衣装合わせだって」
「……何故衣装?」
「菅野さん、学祭のミス雨女之月宿姫コンテストに出るから」
「まじかよ!」
「まじだよ」
「うーん、今日エコ部休みだって言いに来たんだけどな」
「多分演劇部の部室にいると思うよ」
「そっか、んじゃ行ってみるわ。サンキューな、兼子」
「どういたしまして」

 岡崎は教室の扉から離れると、部室棟へ走り出す。スペースを取る部活は離れの棟にまとめてあるのだ。頼りにならない記憶を辿ってようやく辿り着いた演劇部の部室のプレートには、「只今入室禁止」と書かれていた。扉付近には追い出されたらしい男子部員が不満そうにたむろしている。

「何やってんだよ」
「おう、岡崎」

 見知った顔を見かけて声をかけると、彼は片手を上げてこちらに微笑んだ。

「なあ、菅野知らね? 演劇部にいるって聞いたから来たんだけど」
「今お着替え中。いつ終わるか分からんが、待ちたいなら待ってていいぞ」
「着替えるだけでそんなかかるもんか?」
「女子どもの着替え、それはすなわち着せ替えだ」

 呆れ顔の彼が溜め息を吐くと同時に、部室の中からきゃあ、と黄色い歓声が上がる。可愛い、美人、すごく似合う、菅野さん可愛い! 

「お、着替え終わったんかな」
「声かけてみれば?」
「おう、そうするわ」

 念の為にコンコンと扉を叩くと、はあい、とご機嫌な声が返ってくる。

「菅野に用事があるんだけど、ちょっと良いか?」
「その声、岡崎? 今なら入っていいよ!」
「じゃ、失礼しまーす」

 ドアノブを捻って入った部室で、一番に目に入ったのは赤だった。

「……おおう」

 思わず目を瞬きながら、目の前に立つ見慣れた友人をじっと見る。真っ赤なドレスに身を包んだ風羽はこちらを振り返った。

「お、か、ざき、くん」
「よっ」
「わ。そこ、どいて」

 風羽の体がぐらりと傾き、岡崎は咄嗟に手を伸ばす。抱きかかえるように支えてやると、風羽は岡崎の腕にしがみついた。

「え、何。どうしたの菅野」
「ヒールが高くて動けない」

 岡崎が視線だけを動かして見ると、風羽の足はカタカタと不安定に震えていた。まるで生まれたての小鹿のようだ。その足には彼女がプライベートでは絶対に履かないような、ヒールの高いミュールが履かされていた。普段ただでさえ自立心旺盛な彼女が、こうして身動きが取れずに震えているのを見るのはなかなか新鮮だ。あと可愛い。

「ちょっと待ってろ」

 岡崎は何とかその靴を脱がしてやろうとを動かすが、風羽に必死の形相で抱きつかれて動きを止める。仕方ない、と岡崎は腕を彼女の腰に回した。

「岡崎くん?」
「ちょっとじっとしてろ。……よっと」

 腕に力を入れて、彼女を抱える。垂直に浮き上がった体を支えるため、風羽は咄嗟に岡崎の肩に腕を回して抱きついた。

「そこの子、こいつの靴脱がしてやって」
「は、はい!」
「岡崎くん、下ろして」
「だーめ。菅野はちょっと大人しくしてろ」
「でも」

 困った顔をする風羽が新鮮で、ただ助けようと思っただけのはずの気持ちが途端に塗り替えられていく。何に、と言われれば、嗜虐心に、だ。

 二つの靴が脱がされて、風羽はほっと息を吐く。それから風羽を抱きかかえたままの岡崎を見やった。

「岡崎くん」
「何だ?」
「下ろしてほしい」
「どうすっかなあ」

 岡崎はじっと風羽を見る。肩を出すデザインのドレスは男の目に毒だ。赤は挑発的で、風羽の無頓着さに不似合いだったが、それでもそのアンバランスさが似合っているような気もする。


木曜日のスカーレット


「うん、可愛い」

 岡崎は頷く。詰まるところ、彼は風羽だったら何だって良いのだ。