風羽は月蛙寮の庭先であくびをする、でっぷりと太った猫を見つめていた。この辺りに昔から住んでいるのだろうか、随分人慣れしていて貫禄がある。風羽が指先でツンとつついても全く動じず、頭を撫でれば猫らしく目を細める。

「にゃあ」

 法月のように意志疎通が出来れば良いのだが、生憎風羽ができるのは鳴き真似程度だ。

「ぶはっ」

 しかし真後ろから、耐えかねた、とでも言いたげに笑いを噴き出す声がすると、猫はぱちりと目を開けてそちらを見た。そしてのろのろと起き上がると、おわあ、としゃがれた老猫の声で彼にすり寄る。風羽もそれに続いて振り返った。

「岡崎くん、いたの」
「いたいた。結構前からいたけど、お前気付かないからさ」
「いるなら声をかけてほしい」
「何か、幸せそーに猫と話してるから、観察してみたくて」

 おおよしよし、と岡崎はその場に屈み込むと、足元にすり寄る猫を撫でた。

「懐いてるね」
「こいつ、メスだから」
「そうなの?」
「おお。何だ気付いてなかったのか?」

 こんなに美人なのになあ、と猫に語りかけながら、岡崎は笑う。彼は人にも猫にも全く態度が変わらない。ただそれは博愛という訳ではない。多分、それが彼の自然体なのだろう。

「菅野、今ひま?」
「暇だけど」
「米原先生に買い物頼まれたんだけど、一緒に行かね? 俺、商店街までの道分からないから迷子になりそう」
「まだ覚えてないの? 道」
「俺はまだ学校までの道も分からない」
「自慢気に言うことじゃない」
「それもそうだな」

 あはは、と悪びれもせず笑う岡崎を見ながら、風羽は呆れの溜め息を吐く。彼はひどい方向音痴で、しょっちゅう迷子になっているのを見かける。

「まあ良いよ。行こう、岡崎くん」
「おう、サンキュ! 今日の夕飯は焼き肉だってさ」
「やった」
「肉買うぞ肉!」
「おー」


仔猫と迷子の月曜日


「そういや、菅野って猫っぽいな」
「そう?」
「にゃーん」
「……」
「にゃーん?」
「……にゃーん」
「よし!」
(何やら納得がいかない)