「もう、あなたが、本当の主様じゃなくていい」

 強気だった一陽の泣き出しそうなほど弱々しい声を受けて、女の子は戸惑っていた。その足元には、喀血して気を失った彼女の担任である小田島の姿がある。そして、彼女は自分の為すべきことを知っていた。否、為すべきことではなく、どうすれば全てが丸く収まるかが分かっていた。

「創一をたすけて」

 どうして一緒に行けなかったのだろう。どうして一緒にいられなかったのだろう。共にあの場所にいられれば、彼女を引き留めることができたのに。別の策を考えて、一陽を止めることができたかもしれないのに。あらゆる可能性は、あの大禍時の月宿神社に彼女が一人で招かれてしまったことで尽きてしまった。行けなかった自分と彼女の間には、もう埋めることのできない大きな溝がある。人と妖怪の境界は大きい。何故なら広瀬は、6月に彼がカエルになってしまった以前に、そういった存在に出会ったことがないのだ。

 菅野さん、と呼ぼうとしても、声が出ない。手を伸ばしても届かない。彼女が不思議な色の光に包まれていく。今この状況に向かい合って、広瀬はどこまでも無力だった。