「ひゅーひゅー! 広瀬先生ってばもってもて!」
「……」
「そんな怖い顔しちゃいやん。美咲ちゃん、痺れちゃう」
「……はあ」
「分かった悪かった俺が悪かった! 先生がそんな怖い顔しちゃダメだろ広瀬!」
「誰がさせてるんですか」
「え、俺のせい?」
「殆ど」
「ひどい!」

 昼休み、職員室に寄った広瀬の元に、妙にテンションの高い米原がやってきた。

「まあまあ、菅野はさすがに職員室まで特攻するほど非常識な奴じゃないから、ゆっくり飯でも食っていけよ」
「そう言えば先生が担任なんですっけ、彼女」
「そう。それにしても何でそこまでお前に懐いてるのかね、菅野は。初恋にしたってこれだけ年月が経てば、気持ちなんて変わりそうなものだけどな」
「俺だって知りませんよ……」

 一応米原には(不本意ながら)一通りの事情を話してしまっているため、こうしてこっそりと相談や愚痴ができるのはありがたかった。職員室奥の机のそばにパイプ椅子を置き、持ってきた弁当を広げた。広瀬の弁当には日曜の夕飯に出された肉じゃがの余りが詰めてある。それを見て軽く溜め息を吐くと、隣で同じように弁当を広げた米原が不思議そうな顔をした。

「まあ命短し恋せよ乙女って言うしな。初々しくて可愛いじゃないか」
「好意を向けられても、俺には答えられませんから」
「それは、不可抗力か? それともお前の意志?」
「……どちらもです」

 広瀬が目を逸らしたとき、備え付けのスピーカーからガサガサと摩擦音が聞こえてきた。放送部名物のお昼の放送はいまだに続けられているようだ。

「先にマイクのスイッチ入れたな? あいつら」
「ノイズ入ってますね。慣れてない一年生がやってるんでしょうか」

『TBC、お昼の名物校内放送、お悩み相談の時間です』
『今日の担当はフレッシュ一年生! 川奈芳子とー』
『兼子佐希子』
『菅野風羽でお送りいたします』

「おお、ご本人登場だな」
「……いつの間に放送部に……?」
「川奈が今の放送部部長の顔に惚れ、菅野は川奈に誘われて意気揚々と、兼子は随分迷いながら入部したな」

『では、最初のお手紙です。えーと一年生、ペンネーム触角愛さん……何だと?』
『ええ!? 佐希子ハガキ貸して! 何々……¨菅野風羽さん、僕はあなたのことが好きです。本気です。僕とお付き合いして下さい。¨……きゃー! 風羽ちゃんどうする!?』
『菅野さん! こんな直接言いに来ないチキン野郎なんかと付き合ったりしちゃ駄目!』
『でもでも、ちょーっと意気地なしでも、顔が良かったら許容できるんじゃない?』
『顔だけが良ければ良い貴様と菅野さんを一緒にするな! ……菅野さん、断るよね?』
『申し訳ありませんが、お断りさせていただきます』

「清々しいくらいバッサリだな」
「彼女らしいですね」

『ざまあ見ろ』
『佐希子ォォォ!』
『直接言えないようなヘタレ野郎なんかやっぱり嫌だよね?』
『いえ、それ以前に、私にはずっとお慕いしている方がいますので、触角愛さんのお気持ちに答えることはできません。大変申し訳ありません』

 ゴツッ、とマイクに何かがぶつかる音がする。

『ふ、風羽ちゃん頭! 痛くなかった?』
『平気です』

「頭下げてマイクに頭ぶつけたな、ありゃ」
「……」

『え、それでそれで、ずっと好きな人って!?』
『小さい頃、困っていた私を助けてくださったのです。その時は自分の気持ちが判然としなかったのですが、しばらく一緒に過ごすうちにその方が好きだと気付きました』
『わー! じゃあもしかしてそれが初恋?』
『はい』

「広瀬……」
「……」

『私は今でもその方をお慕いしております。気持ちは変わりません。その方に振り向いていただけるように鋭意努力していく所存です』
『うわー熱烈ー……!』
『と言うわけで、触角愛さんには本当に申し訳なく思いますが、お断りさせていただきます』
『……ねえ菅野さん、好きな人ってもしかしてひ』
『ストップストップ佐希子! それは深夜の女子パジャマパーティーでってことで。それでは次のお便りです』

「広瀬、顔真っ赤だぞ」
「……穴があったら入りたい……」
「いやあ、俺が該当者だったら穴を掘っているな」
「絶対バレた……。色々……。寮に戻っても兼子さんと川奈さんに顔が合わせられない……」
「青春だなあ」

 机に顔を突っ伏してうなだれる広瀬に、米原は微笑む。

「遅れてきた青春だよ。堪能しても良いんじゃないか? お前はそんな時間を全部かなぐり捨てて、この七年間生きてきただろ?」

 米原と接していると、広瀬はまるで学生の頃に戻ったような気分になる。

「俺は良いです。そんなこと出来るわけがない」

 だから答える言葉に余裕が無くて、子供の意地や駄々のような響きになってしまう。ただ本当に出来ないだけなのに。

「出来ませんよ」