七年の内に彼女はよりアグレッシブに、積極的に、大胆になっていた。

「広瀬先生、お買い物ですか?」
「え? うん。トイレットペーパーが安いみたいだから」
「ではご一緒致します」
「でも菅野さん、今帰ってきたばかりじゃない? ゆっくりしてて良いよ」
「構いません。広瀬先生と一緒にいられる時間の方が重要です」
「……そ、そう……」

 広瀬はもうたじたじだった。彼女の好意は危うい程に真っ直ぐだ。

「広瀬先生、こちらの問題が解けないのですが、もし宜しければ教えていただけませんか?」
「ん? どれ?」
「こちらです」
「ああ、これは公式応用して代入だよ」
「おお、成る程! 助かりました。さすが広瀬先生です」
「……どう致しまして」

 寮にいるときほんの少しでも時間があると広瀬を追い掛けて、「先生、広瀬先生」と声をかけてくる。

「あれ、菅野さん」
「お帰りなさいませ。広瀬先生、宜しければこちらを味見して下さいませんか?」
「肉じゃが? 菅野さんが作ったの?」
「日曜日の食事は当番制にすることになったのです。今日の夕飯は私が担当です」
「そうなんだ。美味しそう」
「先生に美味しいと言っていただきたいと思い、今日まで架牡蠣の実家で練習して参りました」
「……」
「さあ召し上がって下さい」

 彼女の肉じゃがはとても美味しかった。いやいやそんなことは重要ではない。

「あのね、菅野さん」
「はい、何でしょう」

 食器洗いをする広瀬の横に風羽が立っている。それはかつて広瀬が、架牡蠣の彼女の実家で経験したのと同じ立ち位置だった。広瀬が皿を洗い、風羽が洗い終わった皿を拭く。違うのは隣にいる風羽の頭が、その時よりずっと近くにあることくらいだ。風羽が十五歳にふさわしい身長となったからだ。

「俺、ちゃんと言ったよね? 確かに君とは学校で会う前からの知り合いだけど、今教師である以上、生徒である君の想いに答えることはできないって」
「はい。きちんとお聞きしました。先生らしい誠実なお答えでした」
「……じゃあ、何で君は今も、俺の傍にいようとするの?」
「好きだからです」

 とてもあっさりと簡潔に述べられて、広瀬は何も言い返すことができない。機械的に彼女へ皿を手渡しながら、どうすれば一連の行動の意図が理解できるのかを考える。

 普通どんな理由であれ、拒絶されたらショックなり何なり反応があって良いはずなのに、彼女は全く変わらない。いや、寧ろ前よりいっそうあけすけに好意を示すようになった。それは何故だろう?

「確かに私は生徒です。先生は先生です。ですが三年後となればそうではありません。それに現状でも、片思いならば禁じられておりません」
「……確かにそうだけど」

 そういうことじゃなくて、と広瀬が言おうとしたのを掻き消すように、風羽は続けた。

「ならば私は三年後に同じ言葉を先生に言ったとき、今度は頷いていただけるように努力しようと思った次第です」

 彼女はどこまでも前向きだ。それは若さゆえか、それとも彼女の気質ゆえか、広瀬には判別できない。どちらにせよ、生徒である以上強くはねのけることも出来ず、広瀬はただ彼女の熱烈なアタックを上手く流すことしかできなかった。

「先生が私を好きになってくださるよう、菅野風羽、いっそう精進致します」
「……そう……がんばってね……」

 しかし「上手く流す」ための語彙を、広瀬はとっくに使い尽くしてしまっている。