「こうするしかなかったのです」

 だから仕方がないと彼女は言った。美しい蓮の咲いた月宿神社で、神官姿の一陽と創一を両脇に控えさせ、少しだけ変わってしまった雰囲気で、風羽は広瀬達を迎えた。

「……菅野さん?」

 広瀬が俯く風羽に手を伸ばすと、前に出て来た一陽がその手を払い落とした。

「無礼を言うな! 主様と呼べ」
「っ、あんたは黙ってろよ! おい菅野! お前、何があったんだ!」

 尋常ではない様子に噛みつく葉村に、答えたのは風羽ではなく創一だった。

「……水ノ魂鎮を、行いました」

 苦しげにそう言う創一に、空閑が戸惑いをそのままに首を傾げる。

「みずの、たましずめ?」
「水ノ魂鎮。人が妖怪になるために行う儀式だ」

 暗い顔で俯く創一に変わってそう補足する戸神は、恐らく事情を察したのだろう。広く力強い拳を握りしめ、悔しそうに歯噛みした。隣にいる米原も、その戸神の姿から状況を理解したらしい。眉を寄せ、視線を逸らす。

「どういうこと? ……ねえ、スガちゃん。どういうこと?」

 法月の声は、疑問よりも非難の色が濃い。頭では理解していても、感情が追いつかないのだ。彼女自身で否定してほしいと、懇願するように問いかける。

「月宿の汚れは限界でした。押さえきれない汚れが、月宿神社から出て行こうとした。放っておいたら、月宿全体に汚れが広まっていました。……時間が、ありませんでした。全ては僕のせいです。菅野さんに全てを押し付けてしまうなんて、こんな、こんなのは……!」
「何を言っているんだ創一! 主様が戻って、これでお前が身を削ることなく、月宿が浄化できるんだぞ!」
「、お願いだから、一陽は黙ってて!」

 常にない荒々しい創一の口調に、一陽は驚きで口を噤んだ。風羽は二人の間に立ち、いつもと変わらぬ口調で「喧嘩はいけません」と告げる。

「皆さん、お伝えしなくてはならないことがあります」

 菅野風羽は、呆然と立ち竦む広瀬達に向かい合う。そして、彼らが最も拒む言葉を続けた。

「私は今、妖怪です。新しい月宿の主となるために、妖怪になりました」