→相合い傘の魔法


「あめあめふれふれ、母さんが」
「蛇の目でお迎え嬉しいな、だっけ」
「そうです。昔は蛇の目の意味が分からず、辞書で調べました」
「ヘビの目って書くんだっけ。でも、意味が分からないと結構ホラーだよね」
「蛇と言えば、小さい頃に山で睨まれたことがありますが、あれはなかなかの恐怖でした」
「え、それ大丈夫だったの?」
「その時はお祖父ちゃんが仕留めてくださいました」
「……菅野さんのお祖父さんって狩人とか?」
「いえ、架牡蠣の山守をしています。私も詳しいことは知らないのですが」
「そうなんだ。まあ何にせよ、蛇に噛まれたりしなくて良かったね」
「はい」
「……あ、雨やみそう」
「おや、残念です。せっかくの相合い傘なのに」
「……」
「……私は今、何か広瀬くんを喜ばせるようなことを言いましたか?」
「言った。すごく言った。だからまた雨が強くなったの!」
「ではまだ、もう少しこのままでいましょう。それに、既に雨が降っているので遠慮は要りません。いちゃいちゃしましょう」
「いちゃいちゃって……」
「いちゃいちゃです」
「……じゃあ、菅野さん」
「何でしょう」
「キスがしたいです」
「……」
「今、周りに人いないし。いちゃいちゃしたいんでしょ?」
「……その傘で隠してくださるなら」
「じゃあ、遠慮なく」



→てるてるぼうずの恋

 風羽がちまちまと談話室で何かを作っていたので覗き込むと、彼女はティッシュを丸めててるてる坊主を作っていた。

「浄化体質の私が作れば、相殺されるのではないかと思いまして」
「効果あるかな?」
「あることを祈りましょう。もうすぐ学祭ですし。兼子さんが外装の飾り付けが出来なくて困っていらっしゃいました」

 広瀬がひょいと手元のてるてる坊主を拾い上げると、何となく見たことのあるような顔をしていた。微妙に可愛くない。

「……カエルの方のカエリーナタンに似てる?」
「はい。アニメを参考にしました」
「何でまた? 葉村くんにでも影響された?」
「いえ、一陽先輩と小田島先生のてるてる坊主、否、てるてるカエルを作ろうと思ったのです。そして一陽先輩はカエルのカエリーナタンに似ていらっしゃいますので、参考にしました」
「へえ」
「最初は寮生皆さんの分を作ろうかと思ったのですが、それはティッシュが勿体無いですので」
「なるほどね」

 作られた二つのてるてる坊主を窓辺に吊す。あのお二人はどうしていらっしゃるでしょうか、と風羽が言うので、今度会いに言ってみようか、と返す。

 寄り添う二つのてるてる坊主を見ながら、雨が降らないことを祈る。けれど本音を言うと、降ってほしくもある。

「葛藤です」
「ん? 何が?」
「雨が降らなければ、広瀬くんと触れ合うことができません。しかし晴れなければ、学祭の準備が滞ります」

 てるてる坊主を眺めながら、広瀬の手を取る。雨のせいか少しひんやりとした手だった。広瀬はそっとそれを握り返すと、少しのためらいの後に風羽に告げる。

「学祭まで、ちょっとだけ、距離を置こうか」
「……そうおっしゃるような気がしていました」

 広瀬は周りを気遣える人だ。普段だって、晴れの日は出来る限り我慢している。「だって恥ずかしいから」と広瀬は言い訳するけれど、風羽は彼が人に迷惑をかけるのが好きでないことを知っていた。

「ごめんね」
「いえ、構いません。それ以上に、あなたの人への気遣いを実感して、惚れ直していたところです」
「何それ」
「事実です」
「……誤解しないでね。君のことが嫌になって距離を置くわけじゃないって」
「勿論、存じております」
「うん、良かった」

 広瀬は軽く風羽の手を引いて、その体を抱き締める。

「じゃあしばらく離れる分、今日は」
「いちゃいちゃするのですね」
「菅野さん、最近その単語ブームなの?」
「そうかもしれません」

 ぎゅっと抱きつきながらそう返すと、広瀬はくすくすと笑っていた。

「じゃあ、いちゃいちゃしましょう。菅野さん」