「ルイジアナ」 「ナースコール」 「……ルーレット」 「トリコロール」 「……」 帰り道、二人で合計四つの袋を抱えて帰っていたときだった。何気なく始めたしりとりだったが、もう何も出て来ないのか、彼女は遂に黙り込んでしまった。降参かな、と思って風羽の方を見ると、風羽は勢いよく顔を上げた。 「ルール!」 あまりにも自信満々に言うものだから、広瀬は思わず噴き出して笑う。しかしある程度予測できていた答えだったので「ルミノール」と返すと、彼女はしょんぼりと視線を下げた。 「……広瀬先生、お強いのですね。降参です」 「一応君より七つ上だからね。そう簡単には負けません」 「悔しいです」 「たかがしりとりなんだから、そんなに悔しがらなくても」 「いいえ、されどしりとりです。もっと鍛錬せねば。これからはたくさん本を読みます」 「まあ、その心掛けは素晴らしいと思うよ」 よし、とガッツポーズをする風羽を微笑ましく見つめていると、風羽は不意に顔を上げて、分かれ道の向こう側を見た。 「……おや、あちらの道はどうなっているのですか?」 「ああ、そっちには月宿神社があるよ」 「神社……」 「雨女月宿姫が祀られてるそうだよ」 「夕陽が綺麗に見えますね」 「そうだね、行ってみる?」 「……では、少しだけ」 皆さんが夕食を待っていらっしゃるでしょうし、と付け足して、風羽は足取り軽く月宿神社へ向かっていく。広瀬も後を追った。 (……あ、何か。懐かしい、かもしれない) かつて幼い風羽と過ごした日々を思い出す。小さな風羽は身軽に山を登り、高校生の広瀬はその小さな背を見失わないように必死だった。そして、架牡蠣の山の上で見た夕焼けは、今ここで見られる夕焼けに匹敵する程美しかった。 成長した女子高校生の後ろ姿に、まだ幼く小さかった少女の姿が重なる。懐かしい。あの大切な思い出は今も広瀬の中に残っている。 「――くん」 風羽が振り返る。その瞳は真っ直ぐに広瀬を捉えていた。彼女は夕陽を背にして、広瀬に語りかける。 「優希くん」 広瀬は目を見開く。彼女は目を逸らさない。 「一緒に暮らすという約束、叶いましたね」 「……どうして」 どうして俺を覚えているの、と、広瀬は聞くことが出来なかった。もしかすると十九波が記憶を消しそこなったのかもしれない。しかし原因が何であれ、風羽は広瀬を覚えている。それが事実だった。 「優希くんが先生になっていらっしゃったことには少し驚きました。……本当は私が『生徒』である以上、言わない方が良いのかもしれないとも思ったのですが、私は気持ちを押さえられないようなのです」 彼女は幼い頃と同じように、否、あの頃よりも数段大人びた笑顔を広瀬に向ける。 「あの時伝えられなかった言葉を言いに来ました」 夕陽を背にして、彼女は。 「私は、優希くんのことが好きです」 |