ぱちりと目を覚まして、風羽は目の前にある白い大福を見つめた。大福はのんびりと、寝ころんでいた風羽を見ていた。

「おや、起きちまったねえ」

 風羽はがばりと立ち上がり、その白い塊と距離を取る。少し離れるとその生き物の形がはっきりと分かった。それは大福などではなかった。

「……猫?」

 白い二足歩行の猫が、着物を着て風羽の枕元に立っていた。これはもしや、あの黒い羽根の方々と同じような生き物ではないだろうか。しかし、それなら何故、風羽に彼の声が聞こえるのだろうか。風羽には彼らの姿は見えても、声が聞こえることは無かった。

「そういや、アタシの姿は見えるんだったね。でも悪いねぇ。ユーキにもアタシにも色々都合があるから、ちょいと記憶を操らせてもらうよ」
「っ、優希くんをご存知なのですか?」
「おや? アタシの声が聞こえるのかい? 確か、烏が言うにはアタシらの姿は見えても、声は聞こえないんじゃないのかい?」
「そのはずだったのですが、聞こえます。……?」

 ふと横を見れば、眠る直前まで手を繋いでいてくれたはずの広瀬がいなかった。ぽっかりと空いたスペースを見つめて、風羽は呆然とする。やはり、眠ってはいけなかった。広瀬は見送ることすらさせてくれなかった。

「約束を、してくださったのに」

 起こしてあげると言ってくれたのに、広瀬は風羽を置いていってしまった。ゆびきりの途中で風羽が眠ってしまったせいだろうか。風羽が落ち込んで俯いていると、白い化け猫は風羽のすぐそばまで近付いた。頭の先からつま先までをぐるりと見ると、目を見開いた。ほんのちょっと怖い。

「……あんた、もしかして浄化体質かい?」
「じょうかたいしつ?」
「……」

 しまった、と白い化け猫は風羽から目を逸らす。しかし彼はしばらく思案すると、もう一度風羽を見た。

「珍しいねえ……。しかし、もしかしたら、これなら……? ふうん……。全く、巡り合わせってのは不思議だねえ」

 風羽が首を傾げていると、白い猫はほんの少し微笑んだ。

「あんた、ユーキが好きかい?」

 その問いかけに答えることは、恋を自覚した風羽にはあまりにも容易なものだった。真っ直ぐに見つめられて、風羽はためらいなく頷く。

「はい、すきです」

 風羽は覚えている。泣き出した風羽を抱き締めてくれた優しいあの腕の力を、夕焼けを見ながら繋いだ手の温かさを。風羽の話のひとつひとつに返してくれた穏やかな言葉と、再会の約束を。

「私は、優希くんがすきです」

 幼い言葉かもしれない。幼稚に響くかもしれない。けれど風羽には今あるその想いが何よりの真実だった。白い猫は風羽のその回答に納得したのか、笑みを深くして手を差し出した。

「挨拶が遅れたね。アタシは十九波十夜。見ての通り、人間で言うところの化け猫だよ」
「ご丁寧にありがとうございます。私は菅野風羽と申します」

 その手を取って風羽も自己紹介を返すと、十九波は身を乗り出して風羽にこう言った。

「さっそくだが、風羽。ユーキを助けるために、アタシとちょいと『約束』をしないかい?」







シ ェ ル ク リ ッ ズ 
恋 す る く ら い な ら 。


15歳と8歳のはなし・完