館論破
4章『小夜曲』
「人生は選択の連続。
選択する行動によって未来は変わる。
馬鹿馬鹿しい!だってさ、人間にはすでに決められて選べないものだってあるでしょ?
例えば、運命、寿命、それから生まれ、とかね?」
『こっちが勝ったら契約解除、こっちが勝ったら契約続行。ゲームは一度きりでもう二度とできないよ、いい?』
地図が公開されました。[ 5階 ]
「カミソリを、持ってきてください」
「承知いたしました」
ユリウスは礼儀正しく礼をすると足音を立てずに部屋を出て行った。
浴槽に水が溜まっていくのをぼんやりを見つめた。
「失礼します、お客様。ご所望のカミソリだよ」
ミカエルが軽々しい言葉とは裏腹に丁寧にカミソリを渡してきた。
「もし、私が死んだら裁判をするんですか?」
「ん?するよ?自殺も殺人でしょ?」
「……そうですね」
彼は邪魔するのは無粋とばかりに部屋から出て行った。
手首を切って、浴槽に入れる。意識が朦朧としてきた。
欲しかったものを得られない、認められない、価値のない、つまらない人生だった。
…………。
「透くん!!!!」
客室のベッドで目を覚ました。
何時間も眠っていたような気がするのに、窓の外で大きな月が部屋をおぼろげに照らしていた。
「ようやく目を覚ましたみたいだね」
そこには壱岐染さんがいた。どうやら、あの時の声も彼女のようだ。
「君ってば本当に馬鹿だよね。殺人未遂の後は自殺未遂かい?」
僕が君の部屋を訪れていなかったら今頃御陀仏だよ〜!と壱岐染さんは薬品の手入れをしながら言った。
「どうして、助けたんです?」
「どうして?…さぁね。君はなんで死のうとするのさ?」
「……生きていたってどうしようもないじゃないですか。過去は変えられないんでしょう?なら私は死にたいんです」
「もう!あれはね、そういう意味で言ったんじゃないんだよ!」
壱岐染さんはぐっと私に近づいた。
「過去は変えられないけど、未来は変えられる。
未来を君に生きて欲しいって言ってるんだよ!」
いつになく真剣な表情をした壱岐染さんは
「とにかく、君に自殺なんてさせないからね!」
と怒ったような口調で言った。なんだかおかしくて笑ってしまったら「何笑ってるんだい!」と怒られた。
〈弥宵side〉
イッコー様とレオ様に手伝っていただき、透様を浴槽からベッドへと運んだ私たちは、透様とかがり様以外の全員で話し合っていた。
「……あのさ、願いって変えられないのかしら?」
イッコー様は空いた席を一望した。
「たしかに、アタシ殺せるわよ?願いのためなら。でも、せっかく殺すんだったら、みんなが生き返る、みたいな願いでも悪くないじゃない?」
あっ、勘違いしないでよね!と古典的な少女漫画のようなことを言いながらイッコー様は続けた。
「もちろん、まっつんや梅浩ちゃんたちのためよ?
でもそうね、ついでにあのおブスちゃんたちも生き返らせて、一言文句言ってやろうじゃないの!」
律音様は驚きの表情をした。
「……お前、そんなこと言えるんだな」
「失礼ね!このおブス!」
「んだとてめえ!」
空気が明るくなった。これなら……。
「無理だよ」
どこからか現れたミカエルは私達を鼻で笑った。
「君たちの願いは心の底から望んだものでしょ?それとも何?君たちは他人のために自分の願いを捨てられるの?」
【???】
「わかりました。なら、自分の命を託しましょ」
気怠げに立つと相手は動揺した。
一度殺されかけたのに、次は自らを殺されようとするのが理解できないらしい。
同感だった。
「あんさんの願い、叶うとええなぁ」
死へ一歩、足を踏み入れた。
【願い】
面倒くさい。
全てが面倒くさい。
暴力と喧騒で溢れかえった家も、人に疎まれる受け継がれてきた血も、上部だけの肩書きも才能も!
でも、そんな面倒な全てのしがらみをなくして、自由に生きることができるほど単純で軽いものでもなくて。
ああ、面倒だ。
【4章シロ】
超高校級のビリヤーダー レオノルーラ・リ・シュトルレーガ
【願い】
家や血や肩書きや才能、面倒くさいモノを全てを捨てて自分の好きな様に生きること
【???】
殺してしまった、殺してしまった!
だって仕方ないでしょう!
自分を愛してくれた存在を日常を取り戻したいんだもの!
恨まれてよかったのに、憎まれてよかったのに。
やめて、自分が今も愛されていたなんて最後に理解させないで!
【願い】
生まれた時からずっと屋敷の中にいた。
晴れの日も曇りの日も雨の日も雪の日も、窓から見える景色だけが変わっていく。
でもそれでよかった。
変わらない日々、変わらない幸せ。
でもある日、変わらない日々が幕を閉じてしまった。
【4章クロ】
超高校級の幽霊部員 闇憧詠茉
【願い】
自分を愛してくれた家族との暮らし
[img]
「ええ!そうです!私が殺しました!殺してしまったんです!」
半狂乱になりながら叫んでいる闇憧さんはどこか懺悔しているようにも見えた。
「変わらない幸せが欲しかったんです!愛して欲しかったんです!こんな、こんな気持ちを知るぐらいなら、いっそ外に出なければよかったのに」
美乃麗さんは、シュトルレーガさんがこう言っていたと話した。
『全員幸せになれとは言わへんけど、全員で不幸になることはあらへんやろ。せめてあの子は幸せになってもらいたいなぁ』
「きっとあの子っていうのは詠茉さんのことだと思います。だから、レオくんは……」
「もういいです!」
そう叫ぶと詠茉さんは泣き崩れた。
「ごめんなさい。本当は気づいていたのに、ごめんなさい。ごめんなさい……」
すすり泣く声とともに、オシオキが始まった。
裁判を終えた。
「馬鹿だよね、死んじゃったら全部おしまいじゃないか」
壱岐染さんは白衣を翻した。