山妖譚〜S'ai〜 御剣の章

梅雨にはまだ早いのに、毎日雨が続いていた。
本来なら夏に向かう木々の緑を濃くし、草花の成長を促す雨だ。
だが山は低く垂れ込めた雲の中に押し込まれたような暗さが続き、雨煙なのか霧なのか定かではないどんよりとした湿気に包まれていた。
丸裸になった山に降る雨はただひたすらに土を押し流していく。
小さな川のあった窪みには泥水が流れて、海へと注ぎ込む。泥水に抉られた流れの底からは、半分溶けて変形しつつも焼け残った亀の甲羅や、沢蟹のハサミが覗いて水の流れを変えている。
穢れてしまった土とはいえ、土がなければ新しく草木が生えることはない。
ザックスはざあざあと降り続く雨の音を聴きながら、岩屋の中で丸くなって日がなぼんやりとしている。
「……いつもこんなに雨が降るのか?」
「うー……梅雨は毎年こんな感じだけど……この時期にこんなに降るのは、わりと珍しいと思う」
怠そうに答えるザックスに、アンジールは心配そうに眉を寄せ、顔を覗き込むようにする。
逃げ出していたのを連れ帰ってきたはいいものの、このまま消滅してしまうのではないかと思うほどザックスはやつれて見えた。
「……大丈夫か?」
「うん……でも、なんかボーッとしてるし、力が出ない」
ガイが襲来した穢れによりザックス自身の力が弱まっている上に、雨で山肌がどんどん流出していることで、体力を奪われているのだろう。
なんとかしなければ、山を元どおりにする前にザックスが消えてしまう。
腕組みしたアンジールは、やや思案した後ザックスに尋ねた。
「このあたりに龍神か水神を祀った場所はあるか?」
「んー?えっと……ここの隣の島……人が住んでて、山の斜面に段々畑があるとこ。そこの山の頂に龍神の祠があるって聞いた。じいちゃんの話だから、ずいぶん昔だけど」
「わかった。ちょっと掛け合ってみるから、お前は待ってろ」
「掛け合うって?」
「雨を降らせないでおいてもらえるように頼んでみる」
煙る雨の中にアンジールの白い翼が広がる。湿っているせいか光の下で見るよりくすんでは見えるが、荒れ果てた景色の中では神々しいほどの白だ。
ザックスは慌ててよたよたと立ち上がった。
「俺も行く!」
「キツいんじゃないのか?」
「でも俺の山だから、俺が頼まないと」
「……そうだな。ではしっかり掴まれよ」

ザックスを脇に抱え、ア ンジールは地面を蹴った。
雨雲の中を突っ切るように山頂のほうへと上昇する。
山頂よりも高い場所まで昇ると、呆気なく雲から抜けた。
強い潮の香り。眼下に広がる青くきらめく海と、緑深い森を抱く島なみ。
今抜けてきた雨雲は、ザックスの島にフタをするようにすっぽりと覆い隠しているのがわかる。そして、その雨雲の周りに裾のように広がっているのは赤茶けた海だった。
山から雨で流れ出した土が、海に流れ込んで汚している。
魚や貝や海藻を育てる豊かな海底を作る山の土も、大量に流れ出した場合は毒になる。
嫌でも他の場所と比べてしまい、ザックスの胸は痛んだ。
「ザックス、どこだ?」
アンジールに問われて、ザックスは我にかえる。
初夏の陽射しに眼を細めながら、目的の島を探して方角を指差した。
「あっち」
深い緑の山。斜面には確かに階段状の畑があるが、頂上付近は人の手が入っている様子がない。暖かな陽射しに勢いを増した木々がこんもりと茂っている。
ザックスの山もこんなふうに緑豊かな山だったのだろうとアンジールは思う。だが今は土が剥き出しの禿山だ。痛々しいことこの上ない。
場所を確認して上空から近づいていくと、不意に身体に感じる空気が変わった。
ザックスは抱えられたままぞくりと身を震わせる。
アンジールはこの空気が神域独特のものだと感じ取る。
澄み切り張り詰めて、邪なものが近づけないよう、祀られたものの意識が隅々までぴんと巡らせてある空気。
その空気に呑まれたようにアンジールは速度を落とす。
ザックスはまた身震いし、寒さを感じたように腕を手で擦った。神域の空気は弱ったザックスには厳しいのかもしれない。
目的地付近から細い煙のような白いものがするするとうねりながら立ち上ってきて、行く手を阻んだ。アンジールが止まると、煙はぐるりと二人の周囲を包囲するように広がる。
「天狗風情が何の用だ」
白い煙のようなものが声を発した。
姿は見えないが、二人を包囲しつつも常に流れ続ける煙の中に、時折鱗のようにキラキラするものが混じって見える。
そして不定形の煙であるのに、圧倒的な存在感を示している。
神格のものであることは明らかだった。
「あ、雨を止めてください!」
アンジールが口を開く前に、脇に抱えられたザックスが言った。悲鳴のような懇願。
「山が、土がみんな流れてしまう。もう何もないのに、もっと無くなってしまう。だから雨を止めてほしいんです」
ザックスの心からの願いを聞き届けたのか、煙はもやもやと動き、やがて固まって白い人影を生み出した。
耳のあたりから鹿の角のような角が一対生え出ている以外は、人と変わらない。
水の光沢を持つ裾の長い衣を引いた立ち姿。
肌も長い髪も白い。木々の間にひっそりと湧き出す泉のような、青緑色の双眸。
美しい顔立ちは女のようにも見えるが、その口から滑り出たのは明らかに男の声だった。



「穢れを祓うためと聞き及んでいる。土が残っても穢れていては、草も生えないだろう」
「だけど……!」
「土の中には穢れの元を封印してある。全ての土を洗い流せば、またあの災厄が剥き出しになる。そうなればここも危険になる。それに海も汚れてしまう」
アンジールの言葉に、白い人型の龍はぴくりと柳眉を釣り上げた。
「……わたしはただの眷属だ。雨を止める力は持たぬ。だがその旨は我が主人に伝えよう」
「ありがとう!!」
「主人がどうするかはわたしには分からぬ。だが、荒魂が封じてあるならそうだな、これを分けてやろう」
龍神の眷属は長い髪に手を触れ、梳くように手を動かした。
その手を軽く前に差し出すと、白い毛玉のようなものがふわりと風を受けてザックスの目の前に来た。ザックスが手を差し出す動きで起こったわずかな風に煽られて、方向を変える。
「っわ!」
慌ててザックスは上下から毛玉を挟んで捕まえたが、抱えたザックスが急に暴れたためにアンジールがバランスを崩しかけて一瞬高度が下がる。
「うわあ!」
「暴れるな」
「ごめん」
ザックスはそっと両手を開いた。
見た目通りのふわふわした感触。顔も手足もないので生物ではなさそうだが、陽射しのぬくもりを受けてほんのりと暖かい。
「これ何?」
「知らんのか?魑魅だの魍魎だのと呼ばれるモノ。まだ決まった形を成さぬ山川の『気』だ。土に埋めれば土を作り、水に浸せば水を導く。そうして風にそよいでいる間は荒魂を鎮め、和魂を安らげる」
確かに手のひらに乗せているだけで、なんとなく落ち着いてくる気がした。
「そんな大事なもの貰っちゃっていいの?」
「それくらいなら祠に山ほどある。ひとつふたつ分けたところでどうということはないから持っていろ」
「ありがとう」
「礼は要らぬからしっかり山を護れ」
そう言うと、白い龍の眷属は再び霧に姿を変えて山頂へ吸い込まれるように戻っていった。
その姿が完全に消えたのを確認してから、アンジールは踵を返す。
「いいな、これ可愛い」
ザックスは白い毛玉を落とさないよう、また大切に両手に包んだ。まだ温かい。
「お前の山には無かったのか?」
「山川の気って言うならきっとあったはずだけど……よく覚えてないんだ。ガイに吹っ飛ばされた時に記憶も一緒に吹っ飛ばされたみたいで」
「そうか」
「そのせいでなんかモヤモヤするのかな。山が元どおりになったら、記憶も戻ってくるかな?」
「そうだな。土に埋めてみるか?」
「え……でもこれ埋めるのかわいそ……」
「じゃあどうするんだ?」
ザックスはうーんと思案するように目を閉じた。どうすると言われても、このもふもふしたものを埋めるのはやはりもったいない気がする。
「持ってちゃダメかな?」
「まあ……お前が落ち着くんならそれでもいいが」
山はまだ雨が降っていた。
岩屋の中で雨止みを待ちながら、白い毛玉を撫でるザックスの顔色がほんの少し良くなったことに、アンジールは安堵していた。

翌朝、長く降り続いた雨はようやく止んだ。
日が射し始めてすぐ、ザックスはじめじめした岩屋から飛び出した。
待ちに待った陽射し。これほど太陽が恋しかったことはない。眩しい光を浴び、太陽の匂いのする空気を吸い込むだけで、心がはやる。
所々岩肌が覗いている以外の障害物はなく、山の中腹にある岩屋から一歩出れば、山頂も山麓も見渡せてしまう。
まだ乾かない泥の中を飛ぶように走って登った山頂には、ザックスの背丈の倍以上ある大きな一枚岩が据わっている。その岩のてっぺんまで登り、昇ってきたばかりの太陽に向かう。
目を閉じて朝日を浴びていると、全身が温かくなってくるのを感じる。
ぐっと伸びをして、岩の上でぴょんととんぼを切る。
息を深く吸い込むと、潮の香りと他の島々の緑の匂いを嗅ぎ取る。微かな木々や草花の懐かしい香り。
懐にしまっていた白い毛玉を手のひらに乗せて日に当てると、微かな風に柔毛がふわふわと揺らめいた。
まるで陽射しを喜んでいるようだ。
雨の間滅入っていた気持ちが穏やかに凪いでいく。
岩の上にしゃがみこむ。
大きな岩なのに、まるで雨で洗い上げたようにつるりと綺麗で、草も苔も生えていない。
枯れてしまった草木は戻らない。
汚れてしまった土に種が芽吹くのは難しいかもしれない。
だけど、太陽は変わらずにあたたかく光と熱を与えてくれる。
風はきっとどこかから草の種を運んでくるだろう。一度目は根付かなくても、二度目、三度目にはもしかしたら根付くかもしれない。
草が生えてくれば、虫や鳥が来る。
ひとつひとつは小さくても。
太陽が光を降り注いでくれて、雨がほどよく降ってくれたなら、きっとゆっくりでも山は元どおりになる。
アンジールは八嶋全体のために山を元どおりにしようと言った。ザックスは難しいことはわからないし、八嶋がどれほど広いのかもわからない。
ただ、何かぽっかり穴があいてしまったような自分自身のために、山を元どおりにしたかった。
「……頑張るしか、ない」
決意を小さく呟いた時、「ザックス」と下から呼ばれた。
頂上にアンジールが立っていた。
一枚岩はアンジールの背丈よりも大きい。初めてアンジールを見下ろしたかも、と思いながら「なに?」と答える。
「山をひと回りして来ようと思う。あちこち崩れているかもしれないが、地固めの意味も込めて」
「俺も行く」
懐に毛玉を突っ込んで、身軽にザックスは飛び降りたが、雨水をたっぷり含んだ滑る土に足を取られた。それを承知していたようにアンジールが腕を取って支える。
「ありがと」
「気をつけろよ」
「うん」
「この岩はずいぶん大きいな」
アンジールはまだ岩を見上げている。
大きな一枚岩であるだけで、何か神聖な気持ちになるから不思議だ。
「ん、俺が生まれる前からあるんだ。不思議だよね、山のてっぺんにこんなでかい岩があるなんて」
「そうだな」
「じいちゃんは神様が置いた磐座だって言ってたけど……そのわりによく昼寝に使ってたからホントかどうかはわかんない」
「なるほど、磐座か。そう言われればそう見えるな。山頂でもあるし、ここから踏み固めるか」
「踏み固める?」
「呪術的な意味でな。特殊な歩法で土を踏むことで大地を鎮める。古代から伝えられている技法だ」
「へー」
足が汚れるのも構わず、アンジールは摺り足で歩いてみたり、膝を高く上げて勢い良く土を踏む。そうして一枚岩の周りをぐるりと回った。
「変わった歩き方だね」「そうだな」
見た目には何も変わらないが、ザックスの肌にはほんのりと空気が変わったように感じられた。
昨日、隣の島にある龍神の祠に近づいた時のような、凛とした空気がわずかに感じられる。
アンジールは一枚岩に一礼してから離れた。
「ごく一時的なものだがな。全く何もやらないよりはマシだろう」
「俺にも出来るかな?」
「やり方を覚えればお前にも出来る。ただ、所作は祈りや思いをより確実に伝えるための手段だ。心がこもっていなければ、意味がない」
「あとで教えて!」
ぴょんと飛び跳ねて足を滑らせ、今度こそザックスは泥の中に尻餅をついた。

小さいとはいえ徒歩で山をぐるりと歩きまわるのはなかなか時間がかかった。
岩を乗り越えて泥に足をとられながら進む。ところどころでアンジールが地面を踏み固める。
ガイを封印したあたりは特に念入りに、三度ほど同じように回った。
どこへ行っても草の一本も生えていない。
「……ほんと何もなくなっちゃったんだな」
ザックスは思わずそう口に出して呟く。
自分の身体に感じる喪失感が、この状態の山から来るのだと初めて実感した気がした。
「……」
アンジールが何か言いかけてザックスを見下ろした時、視界の隅で何かが光った。
海の反射光とは違う。明らかに地面の一部がきらめいていた。
動きを止めたアンジールに気づいてザックスはアンジールを見上げ、それから視線の先を追った。
「……なんだろ?」
ゆっくりと近づいた二人は、拳ほどの穴があいているのを見つけた。その中がゆらめく光に満たされて、時折チカリと輝く。
アンジールが慎重に手を伸ばすと、光が生き物のようにその手に引き寄せられた。
「!」
ザックスが息を飲んだ。
アンジールの手に引き寄せられた光は、剣の柄の形に姿を変えていた。腕を引くのに合わせて、穴の中から刀身が出てくる。
立派な柄に対して、貧弱な刀身だった。
しかも淡くゆらめいていて、完全な実体ではない。
しかし、その刀身が抜けた後の穴から、昨日ザックスが龍神から与えられた白い毛玉がわらわらと出てきた。大きさは昨日のものよりも小ぶりだが、数は十以上ある。
「わ!」
ひとかたまりだと思ってザックスがすくったが、いくつか取りこぼして泥の上を転がる。
泥まみれになった毛玉は、溶けるように消えた。
「あー……消えちゃった」
「土を豊かにしてくれるんだろ?」
「うん、でもちょっともったいない」
「それだけあれば十分じゃないか」
ザックスは腕いっぱいに毛玉を抱えている。そのまま歩いたらまた落としそうな気がした。
「いっぱいあるけど……アンジールのそれは何?」
「恐らくこの山に残っていた力だな。これがあったから、その毛玉が生き残れたんだろう。なんで俺の手に吸いついたのかはわからないが……」
手を開いても、そのまま振っても剣は落ちない。
「今この山で一番力が強いのがアンジールだからじゃない?」
「山の護りはお前なのにか?」
アンジールは嘆息する。
「俺や山がそこそこ元どおりになるまでは、アンジールが一番だと思うよ?」
「……このままだといろいろ不便なんだがな」
ザックスは着物の懐をいっぱいに開いて毛玉を詰め込めるだけ詰め込むと、アンジールに手を差し出した。
「俺でも持てるかな?」
ザックスの手が触れても、剣はアンジールの手から離れない。柄を強く握って引っ張っても、一体化しているようにびくともしない。
「……ダメだ」
「仕方ないな。せめて手じゃない場所にくっつけばいいんだが」
脇腹に手を当てて離すと、剣はそのままアンジールの脇腹にぴたりとくっついて止まった。
そのあっさりさ加減に、一瞬二人は動きを止めて、顔を見合わせた。
「くっついたね」
「くっついたな」
「俺が受け取れるように、早いとこ元どおりにしないとね」
「そうだな。その毛玉も少しずつ山に返してやれよ」
「わかってる」
ザックスとアンジールは、地面を踏み固めながら山の麓の浜辺まで降りてきた。
砂浜も岩場も、山から流れてきた土や折れた木の枝、落ち葉ですっかり汚れてしまっている。
大量の土砂を乗せた波は弱々しくうねるだけで白波ひとつ立てない。
不気味なほど音が途絶えた砂浜。
おびただしい数の口を開けた二枚貝や息絶えた魚が、波の動きに合わせて揺らめいているだけだ。ザックスはそれを見て呆然と立ち尽くし、懐からいくつかの毛玉がこぼれ落ちたのにも気付かなかった。波の中にほどけるように毛玉が消える。
アンジールはそんなザックスの隣で立ち尽くしていた。
一瞬で何も無くなってしまった山、大量の死を抱える海。
目を伏せ、消えてしまったたくさんの命に黙祷を捧げる。決して無駄にはしない。山は必ずよみがえらせてみせる。
「無駄にはならない。貝や魚は土に埋めたらいい肥料になる。持って帰ろう」
「……うん」
「この量だから、しばらくかかるな。腐る前になんとかしないと」
「俺ちょっと毛玉、まいてくる。一個か二個残ってればいいや。ほんと、早く元どおりにしないと……海までダメにしちゃう」
「そうだな。俺は頂のほうから魚と貝を埋める。お前は終わったら下の方から埋めていってくれ」「ん、了解」
ザックスは毛玉を抱えて走り出し、アンジールは足元の魚と貝をいくつか掴むと空へ舞い上がった。

一週間ほど続いた好天の間に、魚や貝を埋める作業が終わった。
毎日衣服は泥まみれになったが、魚や貝を避けた浜辺から少し沖まで泳いでいって汚れを洗い流した。
山からの土砂は時を追うごとに足元に沈んでいったが、身体を洗いに行くと足元からもうもうと砂が舞い上がって水を汚した。
沖のほうへ泳げば水深も深くなり、汚れはつかない。帰りはアンジールが抱えて飛んでくれて、朝まで衣服を乾かしながら眠った。
ザックスはアンジールに地鎮の歩法を教わり、たどたどしい足取りながらも一枚岩の周りを一周することができるようになった。
好天の後はまた雨が降ったが、先日のような土砂降りではなく、風もなく穏やかな表情の雨だった。
毛玉は相変わらずひとつふたつザックスの懐から覗いているが、不思議と転がり落ちずに懐に納まっている。
もしかしたら懐いたのかとアンジールは思うが、生物ではなさそうなので懐くことがあるのかどうかは判然としない。
雨上がり、ザックスはまた外に飛び出して行った。運が良ければ磐座の上から虹が見えることもあるのだそうだ。アンジールはゆっくりとその後を追う。腰にはまだぴったりと、ひと振りの貧弱な剣がくっついている。
少し重くなったかもしれない、とアンジールは思う。
長さや幅はほとんど変わらないし、気のせいなのかもしれない。
ただ、毛玉を乗せておけば地面に置いておけることはわかったので、作業をしたり身体を洗いに行っている間は毛玉を乗せたままにしてあるため、毛玉から何か得ているのかもしれない。
そんなことを考えながら歩を進めていると、一足先に磐座についたザックスが大声を張り上げた。
「アンジール!!来て!!見てこれ!!」
虹が出ていたのかと思いきや、ザックスが見ていたのは地面だった。
「見て!何の草かわかんねえけど!!芽が!!」
しっとりと濡れた土から、弱々しくも萌え出た新芽が覗いている。
種を帽子のように頭に乗せたまま、雨上がりの陽射しを浴びていた。
ザックスの懐の毛玉が、そっと小さな毛玉を生み出した。



[ 4/8 ]

[*prev] [next#]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -