初等部のころ聖とふたりだけの結婚式を挙げたことがある。まっしろなシーツをからだに巻きつけて壁一面に飾った花をちぎりながらばらまいて並べたぬいぐるみの真ん中でイミテーションの指輪を交換した。
きっかけは結婚式に出席したこと。青空に映えた純白のドレスは眩しく、咲きほこる花は俺の部屋と色は同じなのにとてもきれいだった。隣の新郎と幸せそうに笑っていた花嫁が忘れられない。
うらやましくてあんなふうな結婚式を聖としようとしたけれど聖はあの優しそうな新郎のように笑わなくて、部屋いっぱいに花を飾っても天井を青く塗っても同じにはならなかった。それでも聖が言った言葉は忘れられない。そんな幼い頃の記憶をふと今日の青空で思い出す。ふわふわ浮かぶしろい雲に昨日よりも弱まった太陽、涼しい風、もうじき秋になる。
窓の外から目線を移して前を向くと緊張して頬をあからめた男子生徒が1人。転入生について報告させるために呼んだのだ。
「もうすぐし、親衛隊もできるようです」
一応写真は見たが名前も顔もぼやけている、あれが来てからまだ1ヶ月たっていないのにもう親衛隊ができるくらい見た目は整っているらしい。確か茶髪だったようななかったような。まあ聖に手を出しさえしなければどうでもよかった。そう、どうでもよかったはずだったのによりによってあれは俺の聖に惚れたらしい。そこまでは仕方ないと言える、聖はこの学園で三番目に人気があるのだからあれが好きになるのも分かる。けれど聖もあれが気になっているのは一体どういうことなのだろう。
「あ、あの、それで、先程の昼休みは一緒にお食事をと、とられたようでした」
「どんな風だった。楽しそうだったか、つまらなそうだったか」
「あ、えっと、楽しそうでした」
ぎり、肘おきが軋む。楽しそうだった。聖が。俺といるとき楽しそうにしたことはないのに。転入生と昼飯のときは。楽しそうに、していた。
「会長さま…?あの、」
「話は終わりだ。このことは誰にも言うな。2人だけの秘密、だ。わかってるな」
「は、はいっ」
倒れるんじゃないかぐらいに顔を赤くして親衛隊が出ていく。入れ替わりに基一が入ってきた。何しに来たんだこいつ、の念を込めてにらむ。
「よお、そんな睨むんじゃねえよ。怖い怖い」
にたにた笑いながら近づいてくる。
「書類受け取りに来てやったんだよ。お前はかわいい隊長さんとなかよくやってたみたいだがなあ」
いやらしい薄笑いを浮かべて俺をなめまわすように見下ろす。
「きしょくわりい」
「お前のその嫌そうな顔、すげえ俺好み」
「きめえ潰すぞ変態」
「強気なやつが自分にだけ従順になるのっていいよな。というわけですこし鳴いてみないか遙也」
「てめえが這いつくばって靴なめながら遙也さまお願いします俺を踏んでくださいって言うなら考えてやるよ」
「厳しいな」
「靴を舐められる不快感を我慢してやるんだ感謝しろ」
顔を近づけてくる基一を鼻でわらって立ち上がる。
「どこに行く?」
「仕事は終わった。てめえと居ても時間の無駄だ。帰る」
書類を押しつけて歩き出すと基一が後ろについてくる。部屋の鍵をしめている間も後ろにいる。ちっと舌打ちをして振り返る、俺より数センチ高い身長が無性に苛立たしい。
「まだ何かあんのかさっさとどっかいけ」
「遙也、外見てみろ」
「はあ?」
腕を捕まれて窓際まで引きずられる。そこからは中庭と聖、それから転入生がいた。近づく距離。俺のものに汚い手が回された。聖どうして。どうして、聖、聖。なんで笑ってる、おれはそんなこと命令していないのに、聖。
やめろと叫びたかった、けれど頭がまっしろになって、ああ、分からない、聖、どうして、親衛隊の声が頭に響く。一緒にお食事を。その後も一緒にいたのか。それともそれより前から?これからずっと?楽しそうでした。聖、今お前は自分からそれに笑ってるのか。どうして、なんで、分からない、分かりたくない。
青空からの光はやわらかい。花壇に咲き誇っている花と緑の芝生はやさしい風にゆれて、思わず伸ばした手は冷たい窓ガラスに拒まれる。
やめるときもすこやかなるときもともにいるとちかいますか
はい、ちかいます
ふたつの影が重なった。

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