俺には見た目も中身も似ていない双子のおとうとがいる。おとうとの直樹は無邪気でいつもにこにこして人懐っこいのに、俺は人見知りに加え目付きが悪くて表情筋は仕事を放棄している。親もそんな俺より直樹の方をかわいがるし、すくない友人もいつのまにか直樹を構うようになっているのなんかざらで今さら何とも思わないけれどあのひとが直樹と一緒にいるのだけはつらい。
血が繋がっている親が、どんなに親しかったクラスメイトが俺を放ってあいつと居ようがどうでもいい、でもあのひとが直樹と居るのは我慢ならない、ぐるぐるどろどろ、忘れかけた感情が戻ってくる。憎い、俺からあのひとを奪うおとうとが憎い、俺から愛情を奪うあいつがだいきらいだ。
あのひと、貴司は俺が一番好きだと言っていたのに気づけば直樹の側にばかりいるようになった。俺には向けられたことのない笑顔と言葉、愛情、ぐつぐつ、ぐつぐつ、嫉妬の意味を初めて理解した。
貴司だけが唯一直樹よりも俺を愛してくれるひと、そう思っていたのは俺だけだったらしい。なんてみじめ、思い上がって浮かれて、やすっぽい言葉に騙されて、ぺらぺらな笑顔にみとれて、最初からそんなものかけらも含まれてないのにばかみたいにあのひとがくれる愛情に酔っている振りをして今もセフレのような恋人ごっこを続けている。
もう誰でもいいから愛して欲しくて満たしてほしくておとこもおんなも食い散らかす毎日、日に日に汚れていく俺とは反対におとうとの周りはまぶしすぎて、思わず目をそらした先には何も無かった。
痛みを感じているときだけは楽になれるからカッターナイフと包帯が手放せなくなった、夜をひとりで過ごせる程強くはないから適当なやつを捕まえてはベッドに飛び込んでいる。当然家にも帰らなくなって高校にもろくに出なくなった俺を探しているのは親でも、友人でも、貴司でもなく、おとうとだけ。
携帯の着信履歴とメールボックスにぼやけた名前と混じってくっきりと表示される「直樹」の文字。電話にでることもメールを返すこともしていないのに朝昼晩律儀に震える携帯に苛立ちと安堵を感じて着信拒否ができずにいる。

小5のときに家出をした日も探してくれたのはおとうとだけだった、今のように遠くまで行けるわけがなく隣町の公園の遊具の中に隠れるように座っていた俺を泣きながら抱きしめたおとうとに感じたのは疑問、どうしてお前が来るんだ、お前が居るから俺は弾かれたのに、お前じゃなくて貴司に来て欲しかったのに。
いつだって俺がどうしようもなくなったときに助けてくれたのはおとうとだけ、手を握ってくれるのも、一緒に眠ってくれるのも、抱きしめてくれるのもおとうとだけ、俺は貴司にそうして欲しいのに、おとうとのせいで貴司はどれもしてくれないのに。おとうとなんて居なければよかった、どうして俺たちは双子なんだろう、どうして似ていない、どうしておとうとだけが、愛されるの。
「ひろ!」
ふらふら人混みに混じっていると後ろから憎い声がした、とっさに逃げようとするけれど荒んだ生活をしている俺よりも健全な毎日をおくる直樹の方が当然足は早くてすぐに腕をつかまれて向き合わされる。いつかと同じ泣きそうな顔には隈が浮かんでいた、他のやつだったら庇護欲かなにかがそそられるかもしれない。
「なんで俺から逃げるの!?二週間もどこ行ってたんだよ!」
肩をつかむ手に力がこもる。ひとの目がいたい。
「こんな、やせて…いっぱい聞きたいことがあるんだからな!」
「お前と話すことなんかねえよ、家に帰りたきゃひとりで帰れ」
吐き捨てると直樹の顔が歪んだ。
「ひろ!俺がどれだけ心配したかわかってる!?ほら早く帰るよ!」
俺が動かないのに焦れたのか無理やり手を握って引っ張りだす、そういえばあの日も家に行きたがらない俺は引きずられながらおとうとの説教を受けたのだっけ。
「それからひろ、ってちゃんと聞いてる!?」
適当に相槌を打ちながらついていく、ぶつぶつ呟くおとうとの背中とあの日の背中がかぶった。
ああ、いつだって俺を引っ張りあげるのはおとうとしかいないのか。なんだ、おとうとは一度だって俺から何かを奪ったことなんかなかったんじゃないか、俺が何かを持っていたことなどないのだから。
俺が愛されないのは当たり前なのだ、愛情は全ておとうとのもので、俺は引き立て役もいいところのおまけに過ぎなくて、双子なのにどこも似てなくて身代わりにだってなりきれない役たたず。居なければよかったのは俺だった。
やっと気づいた自分がおかしくて笑いたいのにやっぱり顔の筋肉は動いてくれなかった、唯一俺の表情を読めるおとうとは前を見ていて気づかない、そういうところがだいきらいなんだ、開いた口からは二酸化炭素が吐き出されるだけ、骨張ったてのひらを包むやわらかいてのひらから目をそらして、滲む地面を睨みつけた。


そこに愛はあるか


タイトルは彼女の為に泣いたさんからいただきました
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