また笑っている。廊下の窓から見える校庭。部活のシャツを着て取り立ててかっこいい訳でもなくぶさいくな訳でもない顔を楽しそうに動かして話している。相手はそこそこきれいな顔のあいつの友達。幼なじみなんだったか。いつも一緒にいる。俺よりも。確か家族ぐるみのつきあいで家も隣で産まれた病院も同じで兄弟みたいなもんだといっていた。幼なじみも兄弟もろくな友達もいない俺には分からない関係。うらやましい。くちを引き結ぶ。兄弟や幼なじみはともかく友達がいないのはどうなんだ。ひとつため息ついて抱えた書類を持ち直して生徒会室にむけて階段を昇る。一段一段が重い。エレベーターを使えばよかったことに気づいたのは自分専用の大きな机に重たい紙の束を置いたとき。ため息。しあわせが逃げた。これ以上ついてももうしあわせはないか。すこし笑う。去年、一年の時に副会長をやっていたときにはまだしも生徒会長になった今年は仕事の量が段違いで和樹とも全然会えていない。役員ともなじめてない。副会長には距離を置かれ会計には誘われ庶務双子は意味不明。クラスメイトは副会長の時はまだましだったのに会長になったら話しかけてくれるやつはゼロ話しかけてもそそくさと逃げられる。鈍感ではないので嫌われているんじゃないことは分かるが傷つくものは傷つく。唯一書記とは無口無表情同士通じるところはあるがそこまで仲はよくない。まあようするに俺はぼっちだ。誰もいないそこそこ広い部屋にボールペンの音が響く。代わって和樹は普通に友達が多い。友達の友達が友達を呼んでまたその友達がとどんどん交友関係が広がっていくタイプだ。広く浅くところどころ深く。庶務双子とも仲がいいらしい。あいつがひとりのところを俺は見たことがない。俺とは正反対。ちなみに告白はこちらから。最初は信じてもらえなかったりなんだりあったがもうつきあい始めて3年になる。逢える時間が少なくなってもメールと電話はできている。それでも不安だ。俺はさっきのあいつの幼なじみみたいに直接あいつの笑顔をみていない。嫉妬。俺といるときと他のやつといるときで笑い方が違うことくらいは分かっている。俺はあいつの特別。今は。今日はまだ特別でいられた。けれど明日は?明後日は?分からない。なにせ和樹の知り合いは多い。いつ一番が代わるか俺には分からない。くちべたで電話もほとんど和樹がしゃべっているだけでうまく笑うこともできなくて、あいつの周りには俺よりよっぽどうまくしゃべれるやつばっかりだ。ボールペンに張り付いた手を剥がして放り投げたときドアが開いてのっそり書記の滝が入ってきた。思わず強ばったからだからちからを抜く。こいつは大丈夫。黙って手を振る。滝もふり返す。分かりづらいが笑ったみたいだ。俺も似たような表情だと思う。滝が近づきながら首をかしげる。
「ひとりか」
「仕事が終わらない」
「借せ。俺もやる」
驚きながらありがたく書類を渡す。ボールペンのおとがふたつ。仕事を手伝ってくれるのは滝が初めてで副会長は逆にわざと増やすし会計と庶務双子はじゃまをする。ひさびさにふれたひとのやさしさに泣きそうだ。
「滝」
手を止めて滝のほうにできる限りのほほえみを浮かべる。
「ありがとう…たすかる」
滝もにっこり笑った。
「どういたしまして」
やばいうれしすぎる。和樹がいなかったら惚れていたかもしれない。危ない。なんとなくあったかい雰囲気のまま仕事が進む。
日が落ちたときやっと全部終わった。提出は明日でもいいだろう。机を整え身支度をして滝の背を追って外にでる。ひんやりした風がきもちいい。鍵を閉めて広い廊下を黙って並んで歩いた。話しても話さなくてもいいこの空気が居心地いい。付かず離れず。ちょっと違うか。階段を下りて昇降口、坂道を昇って寮、すれ違う生徒に適当に返事を返しながらエレベーターに乗り込んで5階。生徒会と風紀は全員同じ階の部屋。今度一緒に街に行くかとかなんとか話して別れた。しばらくぶりの直接の会話がうれしくて鼻歌を歌いながらシャワーを浴びる。ほかほかしながら寝室に戻ってベッドに寝ころぶ。仕事は大変だけど今日は滝と仲良くなれたからよかった。ぼっち脱却できるかもしれない。別れ際交換したメアドを見ていたら着信。杉並和樹も4文字にばねのように起き上がって深呼吸をして通話ボタンをおした。
「もしもし」
「あ、秋?あのさ、聞きたいことあるんだけど今時間あるかな」
「大丈夫だ。どうした」
焦ったような口調に首をかしげる。
「さっき俺、林兄弟にきいたんだけどさ、滝と一緒に暗くなってから帰ってきたってほんと?」
「それがどうした」
「これは別のひとたちが教えてくれたんだけど、普段無口無表情なお二方が仲睦まじく寄り添って笑いながら歩いてらっしゃったって噂になってるらしいんだよね。それもほんとう?」
「寄り添うほど近づいてはなかったがまあほんとうだ」
だんだんきつくなる和樹にとまどう。それに庶務双子とやっぱり仲がいいみたいだ。
「それだけ?」
「信じてくれないのか」
沈黙。滝とは違ってきまずい。
「滝とは、何もなかったぞ」
無反応。からだが冷えていく。
「和樹は、俺よりも庶務たちを信じるのか」
声がつっかえる。俺はきっと和樹の特別だった、はず。けれど今は?今俺は和樹の一番なのか?答えはこの沈黙。俺も秋が好きになっちゃった、笑った和樹が遠い。もう3年も前。あのとき咲いていた花は何だっただろう。
「もう、もういい」
狭い声帯に何とか空気を通して携帯の電源を落とす。そのまま放り出して掛け布団の奥に潜る。床と役立たずの物体が鈍い音を立てた。痛い。湿った髪が冷たい。きゅうと喉がなる。食いしばった歯の隙間からうめく。後悔。もうだめだ。おしまいだ。もっとうまく伝えられていたら。どうして電話を切ってしまったのか。かけ直す勇気はない。どうする。分からない。情けない。もっと信じてくれるくらい俺がしっかりしていたら。和樹の周りのやつらみたいに。シーツが濡れて気持ちわるい。信じてほしかった。俺が和樹の噂を信じなかったように。裏切られたとわめくこころと俺を責めるこころでぐちゃぐちゃになる。どうしたらいい。別れたくない。でもどうしようもない。何回も聞いた和樹の噂どうりに俺は捨てられるのか。ついに。酸欠になりかけた頭。かすむ視界。
「あき、あき!」
がばり布団をはがされる。いっきに明るくなる視界に固まる。なれた温度に包まれた。
「あき、ごめん、ごめんね、俺が悪かった、許して」
「かず、き」
腕のちからが強くて息ができない。物理的に息が苦しい。ただでさえ酸素不足でブラックアウトしそうだ。というかなんで和樹がここに。
「俺の、こと、嫌いになったんじゃ、なかったか」
途切れ途切れに聞く。途端内臓がでそうになった。蛙の胃洗いの映像が頭をよぎる。あれ結構ぐろい。
「そんなわけないでしょう!」
よかった。うれしいが苦しい。
「俺が勝手に嫉妬したんだ。秋が誰かに盗られたらどうしようって。秋、ごめんね、不安にさせたよね」
なんとか振り返った。ぐしゃぐしゃの顔。腕がすこしゆるむ。
「もういい」
さっきとおなじ言葉でも意味が違う。
「和樹にあえたからいい」
「あき!」
これまでのいろいろをぶつけるようなキス。合間にすき、すき、繰り返される。しあわせだがまた強く抱きしめられて限界。遠くなる意識。今日はさんざんだ。それでも起きたら真っ青な和樹が横にいるかと思えば悪くない一日だった。

ダーリンこの手を離さないで


大変遅くなりました!申し訳ない。シリアスのちらぶらぶ、ご期待に応えられたでしょうか。らぶらぶシーンすくなすぎるなど苦情はいつでも受け付けてますのでどうぞ遠慮なくおっしゃってください。リクエストしてくださった方にかぎりお持ち帰り可です。コピボいりましたら拍手までお願いします

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