セクハラも犯罪です 「うわっ、さむーい。廊下出たくない」 「何言ってやがる、その書類さっさと渡してこい」 「えーでもだってこれ音楽科の先生宛てじゃん。特別科の棟なんてもっと寒いに決まってるのに、か弱い俺を行かせようっての?」 今日も今日とて音無は生意気だ。 この学園には、普通科と特別科があり、特別科には芸術、スポーツなどの特待生が通っている。 その特別科は、普通科とは校舎が異なる。 特別科の校舎は特別教室がこれでもかとばかりに並んでいて、当然、特別科仕様になっているが、その大半は利用者が少ないために暖房が切られている。 そして今日は年内でも最も寒くなるのだと天気予報で言っていた。 音無はそれを疎んでか、あろうことか補佐される立場である俺に仕事を押しつけようとしてきたのだ。 流石に苛ついて反論するが、残念ながら、そこは生徒会室であった。 「そ、そうですよ、会長。先輩を行かせたらこの白魚のような手が更に白くなっちゃいます」 「叶…お前まで」 「音先輩になんて無理難題をけしかけやがる!このクソ会長!」 「そうですよ、会長。音無くんばかり働かせて、自分はサボるなんていい度胸してますね」 「かいちょ…、さい、てー」 「…ふざけるな!たかが書類運びだぞ!」 …分かってたさ。分かってた。 俺以外全員もれなく音無フリークとなっている生徒会役員どもは、俺の味方などしてはくれまいと。 しかし副会長、めちゃくちゃ腹立つなんだお前、俺、ちゃんと書類仕事してるんだが。 「…ってぇーわけだから、かいちょー、…行ってこいやごら」 ああ…なんという理不尽。多勢に無勢。 俺は結局、やりかけの書類もそのままに、渡さなければならない書類をありったけ持たされ、生徒会室を追い出されたのだった。ひどい。 …俺、一応生徒会で一番偉いはずなんだが。 しかし持たされてしまった書類はいずれにしろ渡さなければならない書類だ。 (自称)真面目な俺は、特別科の校舎へと歩きだした。 *** 「…さむ…」 思わず大きく吐き出した息は白くなった。 思わずぎょっと目を見開き、ここは渡り廊下とはいえ屋内だろうと信じられない気持ちになる。 こうして実際特別科の校舎へと赴いてやっと分かったが、音無が言うのも過言ではないほど、寒い。 これは暖房使用について要相談か…? そんなことを考えたとき、大分前屋上で不良に言われたことを思い出した。 音無が、人知れず不良を手懐けたという―――…。 もしかしたら今回も、俺にこの寒さを気付かせようとして俺を寄越したのかもしれない。 何せ、これは十分特別科の生徒から文句が来てもいいレベルだ。 ―――いや、気のせいか。 あんな自己中なやつにそんな内情把握と的確な対応が出来るとは思えない。 そうだ。 そうに決まっている。 「お、会長サン?」 「うぎょあああっ!!?…な、な…ッ」 ついつい思考が卑屈になりかけたちょうどその時、自分の背後、しかもかなり至近距離から声がかけられた。 驚きのあまりよく分からない汚い響きの叫びをあげてしまい、恥ずかしい。 しかしそれを振り切るように背後を振り向くと、そこには屋上の一件以来度々遭遇するようになった不良の巣窟F組のトップ、杉原妹尾が立っていた。 「よお、今日は冷えるな」 「…貴様、ここに何の用だ」 ニヤニヤしながら世間話を振ってくる杉原を警戒して、無意識に背を丸めて後退りしてしまう。 あの屋上の一件から、俺の中で杉原はダントツトップの危険人物だ。 何故か、そんなのは決まっている。 こいつが、俺の、し、ししし、処女、を奪いやがったからだ。 一生失うつもりはなかったがな!人生ってのは本当に分からないもんだ。 しかし当の杉原は、そんな俺の様子を見るなり笑みを深くしてこちらへとにじり寄ってくる。 「おーおーなんだ会長サン。もしかして、怖いのか?」 「なっ、そんなわけないだろ!」 「…どうだか、な!」 杉原の言葉尻と同時に一気に壁へと叩きつけられた。 まだ距離に余裕があると気を抜いていた俺は、間抜けにも「ぶごッ」と空気4割声2割濁音4割のような音を漏らしてされるがまま、書類はバサバサと音を立てて俺の手中から逃れてゆく。 あまりにも突然のことに唖然として杉原を見つめるが、杉原は満足そうに目るばかりだ。 杉原の巨体全体で壁に押しつけられ、押し返すことも出来ない。 そんな中で杉原はねっとりとした声音で耳元に囁きかけ、あろうことか俺の尻に手を伸ばしてきた。 「あー…やっぱりいいケツだわ」 …実に不本意ながら、どうやら杉原は俺の尻が好きらしい。 以前、聞きたくもないのに形がどうの肉付きがどうのとよく分からないことを語られた。最悪。 ここで気圧されてはいけまいと、必死に目の前の胸板を叩く。 ドンドンといかにも筋肉の詰まっているような音が響いて、やっぱり鍛えてんだな、とよく分からない思考に落ちかけたとき、ひょい、とあまりにもあっけなくその叩いていた腕をとられてしまった。 「抵抗のつもりかあ?弱っちいな」 「くっそ・・・」 杉原を恨めしげに見つめていると、腰骨を鷲づかみにされ、ぐるっと壁の方を向かされた。 ・・・おいおいおいおいおい、嫌な予感しかしねえよ。 がっしりと後ろから尻肉を掴まれ、喉の奥から知らずの内に「ヒッ」という声とも空気ともつかない音が漏れた。 これは、いよいよもって由々しき事態だ。 誰か、と思って周りを見るも、やはりこの寒さでは人っ子ひとりいない。 俺は今年度の予算で、絶対に特別棟の高熱費を高めに落としてやる、と心に決めたのだった。 「おおおいお前!落ち着け!お前はこのまま行けば俺の事後通報によって風紀行きだぞ!思いとどまるんだ!」 「それならこの前とっくに風紀行きになってた筈だろうがよ。・・・結局言えなかったんだろ?会長サンよお」 「いやいやいやいやそんなことは無い!今度こそ通報してやる!ちくってやる!だからやめろ!これは立派な犯罪だ!」 「はいはい相変わらずぎゃんぎゃんうるせえな、・・・お、そうだ、ぎゃんぎゃんよりあんあんの方が耳障りいいかもなあ」 「うぎゃああああああああああまじでやめろおおおおおお!!!しかもお前の声で『あんあん』とか言われたらすごい気持ち悪いからやめろ!鳥肌たったぞ!」 「ちょ、いい加減うるせえぞ。人来たらどうする」 「むしろ人来てえええ!助けてくれ!!!ってどぅるっふううううううベルトに手をかけるな!尻を触るな!揉むなっ、て、ちょ、アッーーー!」 「あれ、かいちょーお帰り。てか遅すぎ!書類めっちゃ溜まってんだけど!」 「・・・お前が、追い出したから、だろ・・・」 「え、何アレ会長萎れてない?」 「会長なんてどうでもいいですよ、それより書類出来ました!褒めてください!」 「いいこいいこー」 「へへへっ」 「・・・なんまいだー・・・なんまいだー・・・」 ▼ どんさんからいただきました。本当にありがとうございました!すごい素敵だからと言って持ち帰りはだめです |