2012/03/11 19:15

青の葬式が終わって帰るとお世辞にもきれいな字とは言えない題字が表紙に書いてあるノートが俺の家に届いていた。懐かしいあいつの字。ご丁寧に青い封筒に紫の宛名。震える鋏で端を切って開けたらまた青いノート。闘病日記、書かれたそれはあいつの最期が書かれたノート。葬式で会った若いあいつの奥さんは何も言っていなかった。主人が大変お世話になったそうで、いえそんなこちらこそ青さんには、そういうよそよそしい話だけ。青さんだなんて呼んだのは初めてだった。青と呼び捨てにしてあれもあの学校では唯一俺を呼び捨てにしていた。むらさき。アルトからテナーになりかけていた声。大嫌いな紫色の文字が濡れないように一度閉じた。青の最後の記憶は俺の結婚式。おめでとう、仲良くやれよ。それが最後の言葉。あのときからずっとあいつとは逢えてない。
俺を許せ、青。臆病な俺を。あの言葉で全て終わらせたと思った卑怯な俺を。青。痩せ細って死んだ青。青の表情があいつにしか分からなかったようにあいつの表情も俺にしか分からなかった。張り付けたような笑顔の奥のあいつを引っ張りだせたのは俺だけだった。自惚れじゃない。事実だ。青紫。俺とあいつはそう呼ばれていた。ふたりでひとつの色。紫は今でもきらいだけれど青紫は好きだと言えば青はどんな顔をしただろう。きっと下唇をそっと噛んで器用に左目だけをすこし伏せて拗ねたようにして、そうしてから微かに笑っただろう。そうしたら俺は艶やかな黒髪を撫でて、あいつは照れ隠しに腹を殴って、それから何度も繰り返したみたいにじゃれあって、ひとつ、キスをした。もう返らないあの日、あの時。俺たちは恋人じゃなかった。友達とも違うと思う。もっとはっきりしていたら。好きだと一度でもいい、言っていたなら、言えたなら。言ってくれたなら。ならば、どうなる。青は死ななかったのか。呆れたように冷めた部分が笑う。そうだ。青は死んだ。この大嫌いな紫で書かれた青いノートを遺して。俺に後悔とじりじり焼け続ける何かを遺して。青。俺はお前以上に愛するやつはこれからもこの先もいない。陳腐な台詞。青に鼻で笑われる。薬指にはお前以外と誓った指輪がある。かわいいこどもだって、いる。けれど青。お前は俺のこころを持っていった。全部、全部だ。俺にこんなことを言う権利は無い。それでも青、俺は最期にお前を見たかった。最期の言葉があんなものだなんて嫌だ。むらさき、そう呼んで、青、そう返して、きれいな終わりじゃなくていいから名前を、あのときみたいに名前を呼んで欲しかった。青。小指がいたむ。歪んだ傷痕、記憶。あの若くて無謀だった日。それをなぞるようにタイトルにさわってページをまた開いた。
青、お前はあのとき何を思っていたの。



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