また明日




「シーズちゃんっ…て、あれ」

 昼休みも終わり、午後の始業を知らせるチャイムが鳴り終わるその頃。この寒いのに未だ屋上を根城にする彼を訪ねてやって来た臨也は、定位置で転がる金髪に足を止める。

「ほんと、よく寝られるよねこんな所でさ」

 起こさないように静かに歩み寄り、仰向けに寝そべる隣に座ってその寝顔を観察する。
 長めの前髪がふわりと風に揺れて、やはり寒いのか鼻の頭が少し赤くなっている。
 色白いんだ、結構睫毛長いんだ、唇柔らかそう、鼻高いんだ、眉毛も染めてるんだ、頬っぺたすべすべしてそう。穏やかに寝息を立てる様をじっと見つめていると、不意に瞼が震えた。

「あ、起きた?」
「――…ざ、や?」

 元々半開きだった唇が僅かに動いて掠れた声が漏れる。こちらを見て虚ろに瞬きを繰り返すと、眠気に耐えられないのかぱたりと目を閉じて息を吐く。

「……ぃ、」
「ん? 何?」

 吐息に乗って吐き出された言葉はほとんど掠れて聞こえなかった。その内小さく唸って眉を寄せると、寝返りを打って反対を向いてしまう。
 拍子に身体に掛けていたブレザーがずれて、ワイシャツだけになった肩が寒そうに丸まった。

(ああ、寒いって言ったのかな)

 あれだけ無茶苦茶な怪力のくせに細いその肩に手を乗せてみる。少なくとも昼休みからはここに居るのだろう、当然風にさらされて冷えきっていた。

「シズちゃんこれ風邪引くんじゃないの? どうせ病気になるならもっと酷いのにかかりなよね」

 返事などあるはずもないがぽつりと話しかけてみる。薄い布一枚を隔てて触れた身体が、大人しく自分に触られたままなんて何だか気持ち悪い。
 シズちゃんならすぐにはね除けて、俺に殴りかからなきゃ。

(確かに大っ嫌いなんだけど…ね)

 何となく眠り続けるその顔を見たくて、臨也は身を乗り出す。両手をつき静雄の身体を跨ぐようにして覗き込めば、散らばった金髪の下でまた瞼がぴくりと動いた。

「んー? 起きるの寝るの? どっち、シズちゃん」

 まるであやすような声が出た自分に驚きつつ、いつの間にか速くなっていた鼓動に唇が歪む。
 ちりちりした胸の辺りのざわめきが何なのかはわからないが――面白い事に変わりはなさそうだ、そう思ってしまえば、あとは簡単。
 ゆっくりと目を細めた臨也は、居心地悪そうに更に身体を丸めようとする静雄の上に覆い被さると、押さえ付けるように肩を押して仰向かせ、顔にかかる邪魔な髪を掻き上げた。
 腕を引くついでに手の甲で、思った通りすべすべした頬を撫でるとそれを制止するように静雄の手が緩く空を切る。

「……ぅ、」
「アハハ、何? シズちゃんどうしたの? 何で今日は可愛いんだろうね? シズちゃんのくせに!」

 静雄の浮いた手を地面につく前に掴み上げ、もう一方の手で襟を掴み、膝立ちで無理矢理に体重を引けば、意外にあっさりその身体は自分の胸に倒れ込んだ。
 急な衝撃にびくつく背に腕を回して、宥めるように頭を撫でる。

「!? 、っな」
「ふふ、おはようシズちゃん。吃驚した?」
「てめ、いざッ…」

 膝立ちの自分の身体に密着した静雄の身体が、怒りに筋肉を引き締めたのがわかった。
 抱き込んだ頭を更に胸元に押し付けて、直接脳髄に叩き込むように金髪に鼻先を埋めて囁く。

「ねぇ、シズちゃん、俺さぁもしかするとね? このままシズちゃんを襲いたいのかも知れないよ?」
「ぁ、なにい…っ、て…!!」
「ほらほら、いつもみたいに力任せに殴り飛ばしたらいいでしょ?」

 少し身体を離せば、赤くなった額が目に入る。多分この赤さは起こした時にぶつけたからではない。そんな些細な事で影響するほど繊細には出来ていないのだ。

「アハハハ、なぁにシズちゃん何で顔赤いの?」
「るせ…離せよ、くそッ!!」
「何言ってんの、俺なんて簡単に突き飛ばせるくせに」



「嬉しいんでしょ?」

 見開かれた少し色素の薄い瞳が揺れる。

「シズちゃんを抱き締めてくれる人間なんて、居ないもんね」

 多分今の俺は酷く意地の悪い顔をしていて、それでいてきっとシズちゃんには、無意識に求めた温もりを与えてくれるのかも知れない、そんな風に見えるのだろう。

「良いよ? もっと凄い事も、してあげるよ」

 少し屈めば同じ目線。
 わざと目を合わせて、今度は掌で頬を撫でる。赤くなった頬が戸惑って落ちた目線が、これ以上無いくらいに優しく優しく微笑みかけるべき対象のように思えるなんて。

「……!?、っ」

 あとほんの少しでお互いの唇が触れる距離、怯えたように目を伏せたそれは、臨也にとって都合の良いように取らざるを得ない行動だった。

「ん…、んぅ…!」

 触れた唇はやっぱり、思った通り柔らかくて、隙間から舌を捩じ込んで口内を擽ると、所在無さげする手が僅かに抵抗するようにぴくりと動いた。

「んっ、く…ふ、」

 上手く息が出来無いでびくびく跳ねる背中を撫でてやれば、おずおずと服の裾を掴まれた。

「…ッは、ぁ」


 唇を離して、ぎゅっと目を瞑ったまま荒く呼吸する上気した首筋に吸い付いて、臨也はぼんやり思う。
 これがもし『愛しい』という感情ならば、今までの静雄に対する己の感情は何だったのだろう?
 それとも今のこの気持ちも、いずれもっともっとこの男を突き落とすための手段の一つと笑ってしまって良いのだろうか?
 それとも自分で気付かぬ内に、何か良からぬ深みにでも嵌まってしまったのか。

 愛して止まない人の中で唯一愛さない者さえ愛してしまったら、俺は一体どこで止まれば良いのだろう?


「シズちゃん、大嫌いだけど、愛してあげるね」














・歪んだ愛を振り撒きますので、また明日って笑ってください



君を愛するには
君を大嫌いでいなきゃ




優しくされたら抵抗できない静雄と
意地でも嫌いだと思い込みたい臨也
110210


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