あまりにも




※高校生
※後味悪い系の死ネタです







 初めて君を見たのは入学式の朝。
 いつもと違う電車に乗って、一度しか降りた事がない、これから三年間きっとすぐに無意識に降りるようになる駅での事だ。

 真っ赤な頭がフラりと前を横切った。同じ制服に着られた君は、きっと運命なんだと思った。

 次の日の朝、携帯のアラームが鳴るよりも先に起きたおれは、人生に初めて優越感を感じた。何だって受け入れられる気がした。何だって許せる気がした。

 君とはクラスが違うどころか学科も違ったけれど、この日の朝も君はおれの前を横切った。
 早々に着崩された制服が、反抗しているように見えた。

 入学式から一週間と二日、この日も変わらずアラームより先に起きたおれの前に、君は初めて現れなかった。するするとおれを避けていく人混みが、酷くゆっくりに見えた。

 それから四日経って、放課後の廊下で君を見掛けた。君が背中に背負っていた荷物は、おれのクラスでも見た事があった。

 そうか、そろそろどこかに入部して、活動し始めるものか。当然のように帰宅部なおれには、人波を邪魔しない程度に少々ずれた感覚しかなかった。

 次の日電車を三本ずらして、また次の日電車をもう二本ずらして、そのまた次の日の電車を四本ずらして、今度はおれが君の前を横切った。

 人の少ないホームで、それが至極自然に行われた事を、おれは運命なんだと思った。疎らに散っていく人影すら綺麗に見えた。世界が綺麗に見えた。

 名前を覚えて声を覚えて、君の友達が誰なのかも覚えて、君がおれの事を全く知らない事を知った。それが至極当然なのだと気が付いた。だっておれは見ていただけなのだ。そうだよなァ・と何にも思わないふりをした。

 次の日おれは、携帯のアラームを止めて学校に行かなかった。無性に苦しかった。けれど当たり前だと理解はした。これから先もきっとおれは、あの駅で君を見ているだけなのだ。

 これが運命なのかと思った。


 遅刻するかしないかの時間の電車にたいして焦りもせずに乗った時だった。
 背の高い女がドアの近くに立っていて、セミロングの黒髪から覗いた横顔に、おれは釘付けになった。
 丁度差し掛かったカーブで、ゆらりと揺れた黒髪が陽に透けて、全然似ていないのにあの赤い髪を思い出した。
 それから初めて彼女が出来た。見れば見るほど似ていないのに、見れば見るほど似ているように思った。雰囲気だけはいつ見ても君とそっくりだった。
 あまり笑わない所が君みたいで、色白な所が君みたいで、全然違う色なのにそっくりの影が乗った瞳が君みたいで、目と目が合う度に嬉しかった。
 それから一年が経った。恋人らしい事を続けて、おれは多分、世界で一番幸せだった。


 三年になった夏、初めて君と話をした。向けられた声に戸惑った。当たり前だけれど低いその声が、ただただ違和感だった。

 声が、違う。違いなど他に山ほど、もっともっとある筈なのに、何故だかそれだけが強烈な違和感だった。

 ―――ねぇ。

 瞬間、おれはその音を作った喉を蹴り上げていた。
 呆気なく仰向けに転がってしまったその姿さえ、そんな姿など見た事もないくせに君に似ているように思った。
 性別がなんだろう。髪の色がなんだろう。瞳の色がなんなのだろう。唇が?鼻が?輪郭が?無惨に晒されたなだらかな喉すら、何だって言うんだろう。

「はは、は」

 両手を突いて崩れるように倒れ込んだ先、君にある訳がない柔らかい胸。ふわりと香った香水は、一度だけ話した時に香った物とは全く違っていたけれど、それだって一体、一体何だと言うのだろう。
 頬を包んだ柔らかい感触に、ぞっとするほどに安心した。生き物の音の消える瞬間など、一生知らなくたって良かったのに、酷く心地好くて、おれにはお似合いだと思った。お似合いだと思う事にした。
 これで良いんだと思う事にした。良い訳がない、良い筈がないけれど、だってもう仕方がないと思う事にした。
 どうしたって、だって終わってしまったんだ。
 これが自分には関係がないと思っていた、あの窓から流れ出て、散々にそこいらに散っていくのだろう。
 それを君は見るだろうか。聞くだろうか。そうしておれに辿り着くのだろうか。あの時たった一度、会話にしては随分拙い言葉を発したあの人間に、行き着いてしまうのだろうか。そうしたら、君は、君は一体、なァ、何て思うのかな。


 これが運命だと、思った。














・それはあまりにも、君が君に似ていたから



あの日の鮮明が
重たくて愛おしい




ごめんなさい
120616


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