死体




※タイトル通りの死ネタです







 海面にぽっかり浮かんだそれがもしお前だったらどうしようか。


 そんな話をして大笑いされてまず能力者は海に浮かんだりしないしガスが溜まって浮くっていうのが当て嵌まるとしてもその間に航海中の目当ての船に偶然に流れ着くなんて奇跡と一蹴された。続けて訊いてもない事柄を喋りまくるからその博識な頭の中が見てみたいと言えばユースタス屋への愛が溢れ出て溺れてしまうから止めておけとまた笑われた。たまに流れ着く死体を見るとああコイツはあの経過を辿ったわけかと少し頭が良い気分がしてこれを教えていったあいつはあの知恵の詰まった重たそうな頭で自分の死も知っていたのかもとぼんやり思う。
 ユースタス屋。おれをそんな風に呼ぶのはそいつただ一人。そうただ一人。毛色が珍しいからちょっと遊んでやろうかと手を出したらもう既にそいつの手はおれの首を絞めていた。まさにそんな感じ。してやられた。そんな感じ。噛み付くぐらいの想定内ならきっと今頃おれは忘れているんだろうがそれぞれの船を進めて大分日が経つ今頃にもふとした時に思い出して会いてェなァとえらく似合わない事をえらく素直に思う。もしかしたらそいつを思い出しているんじゃなくて頭の中心はそいつの指定席になっていてたまに思い出したように会いたいと思うのかも知れない。そうだ現実には会っていないんだなァと。



『ああ嫌だコイツ死んだのいつ死んだの臭い汚い何これ中身が出てるじゃない止めてよそんな人私は関係ないわ』


 何と競っているんだか下品に完品の女が吐いて捨てた。
 ぐちゃりとした首元に揃いの石が転がって、白い首に巻き付いていたんだろうそれは小さな拳の内。ゆらり垂れた鎖は振るわれた腕と一緒に放物線を描いた女の髪の色と同じだった。
 喚き立てる女に男が手を伸ばす。いち、にい、さん。あの女にはまた揃いの石と男がぶら下がるんだなァ。人間もアクセサリーと同じか、それ以下か。ペラペラ喋る嘘だらけの艶の唇がいつも言うんだろう愛してるは、もう生きていたこの男には向けられない。愛していると、きっと言った唇に、一体何て言われたかっただろう。きっとさっきの台詞じゃないだろうな。
 なァんだ、死んだらもう知らないのか。死体に興味はないってか。そんなものでも愛と言うのか。流行りの個人差なんてくそくらえ。反吐が出る。おれは違うと思ってみる。最初に見たときよりも、女はずっと完品に見えた。
 そのヒールが踏み付けた先にお望みのモノが転がっているって信じているみたいに軽やかな足取りは、角を曲がって全て忘れたと決めたらしい。忘れられた男は事務的に処理されるだろう。



 出航の準備が整った。おれもまたこの島の事は遠からず忘れてしまうだろう。次の島に着くまでどれぐらいだろうか、大した趣味も持たないおれはまた思う。こんな時には読書、だろうな。真似てみようか、折角だ。

 うつらうつら、何やら甲板が騒がしい。何にも見ない夢。あれから見ない夢。栞を挟む必要もない本を置いて甲板に出る。
 流れ着いた死体。死体、死体。共通点を見付けては釘付け。相違点見付けて興味をなくす。これで何体目だろう?

 クルーがわざわざ必要もないのに引き上げた死体。目ぼしい金品でも身に付けていたか。ざわめくクルーが道を開けた。船長、と呼ぶ声がした。


「なんだ。これ」

 たまに流れ着く死体の中に混じったそれは、もうおれには何とも思えなかった。
 なァんだ結局死体は死体じゃないか喋ったりしないし動いたりしないしこれの何が愛しいんだろう可笑しいなァ。

 適当な理由を付けて船長室に引き摺った。下がった口角が気に入らなくて赤を引いた。似合わなくて泣いた。ああ死んでるんだ死んでるんだこれはもう生きていないんだ。
 なァこれどうにかならないのか、膨れ上がった肉、腐敗臭、比喩じゃなくて、ぼろぼろ。
 そのまま棄てようかと言われて止めた事を後悔する。別に良いじゃないか、どう思われたって。指定席にはもう誰も座っちゃいないんだから。これを今更どうこうなんて到底無理なのだ、愛がなんだ、そんなものでどうこう出来る代物か、どうして生きていないんだ、苦しい苦しい苦しい。心臓が痛い。

 悪名高い、ユースタス“キャプテン”キッド様。どこからか声がする。ユースタス屋と確か言った声が、違う名を呼ぶ。

 あァそれを望むのか。そうだこれはもう生きていないんだ。


 生きていた美しいそいつの為に、おれはそいつを投げ棄てた。ばちゃん、と海面に跳ねて、そいつはもう浮かなかった。

 奇跡は一度だけだった。














・愛死体放題



それもこれも愛のうち




深い意味はないです
ごめんなさい
110516


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