最末から
「悪い、先輩と飲んでたんだ」
そうか、可愛がってもらってるんだな。
「残業で遅くなる」
わかった、飯は済ませてこいよな。
「ごめん」
いいよ大丈夫。平気。
浮気しているかも知れない。そんな風に思うようになった。だけどおれはそれでも良かった。ユースタス屋は何だかんだでここへ帰ってくる。だからおれはそれでも良かった。
数年前よりも一人で外出する事が多くなっただけ。おれを連れていかなくなっただけ。その先でユースタス屋が何をしていようと、おれはただここで待っているだけ。
知らぬが仏とはよく言ったもんで、おれはただ主人の帰りを待つ良妻賢母宜しく日々を過ごしている。
あの女のように、おれは子供を身籠ったりは出来ないけれど、あの女のように、おれには柔らかい胸が無いけれど、それでも良かった。ユースタス屋が帰ってくるから、それでも良かった。
それに、おれはあの女に勝ったんだ。いつかユースタス屋が言っていた好みのど真ん中だったあの女に。理由だってちゃんとある。女である事を十二分に武器にした、派手に飾ったあの女。
あの女が気付けなかった事に、おれは気付いていたから。ユースタス屋が唯一嫌いだったのが、捲し立てる喉だったから。
話しかけた時だけ答えるお人形がいいんだろう?大丈夫、おれは理解できるよ。人形から喋るなんて気持ちが悪いだけだもの、だからおれは黙ってる。だからユースタス屋は帰ってくる。だからユースタス屋はあの女よりおれを選んだんだ。
だからおれはユースタス屋が綺麗だと言った目玉が濁ったりしないように、何も見ない。ユースタス屋が帰ってくるこの世界だけを見てる。だってお気に入りが汚されていたらがっかりしてしまう。おれはユースタス屋の物だから、ユースタス屋のお気に入りでいなくちゃならない。
「あ、帰ったのか」
聞き慣れた金属音と一緒に、くぐもったただいまの声がした。疲れてるみたいだ。けど。
「おう、ロー。起きてたのか」
「うん。お帰り、ユースタス屋」
ソファから飛び起きて、ネクタイを弛めながら笑ったユースタス屋の広い胸に飛び付く。今朝と同じスーツの匂い。ちらりと覗いた相変わらず綺麗な白い肌から、知らない石鹸の匂い。仕方ない。
「なんだ? 寂しかった?」
ふわりと頭を撫でてくる時は機嫌が良い証拠。こういう時は、
「うん。なァ、ユースタス屋」
甘えられるのを待ってる。だったら
ひらひらと笑う艶めいた唇が、何も持てなさそうな細い腕が、表情豊かに滑る指が、瞳を縁取る蓋をした目玉が、ユースタス屋の好みなんだとしても。
柔らかい身体なんて持っていないけれど、ユースタス屋を悦ばせる方法ならきっと誰より知っているから。
「ふふ。だいすき」
血管の浮いた首筋に腕を回して、さァ、愉しい事しよう?大丈夫、そんな知らない石鹸の匂いくらい、ユースタス屋と触れていればなんの問題もないよ。
だけどね、お願い一つだけ、
「っ…あ」
ぴったり合わさった唇に奪われていく呼気。なんだかもうくらくらしてる。ほら、そうしたらもうどうでも良くってね。
(ああ、また今日もきけないや)
・最末からの高みの見物
(ね、おれの事、愛してる?)
待つのが上手なローについて
考えていたらこんなになりました
キッド船長が酷い奴っぽくて
ごめんなさい
110413