青春




※報われない
※先生キッド←中学生ロー







「人が言った事に過剰反応してご苦労様、ご高説どうもありがとう、正論を吐いていやがるつもりですか」

 気が付いた時には親がなかった。
 気が付いた時には似たような中のひとりだった。境遇を嘆く隙もない。
 家だと言われた箱の中を一言で言うならまさに、反吐が出る。言葉を覚えていく度に明確になる諸々あれそれの事情。作り物の愛情、好奇の目、決められたサイクル。
 それでもこれに守られてるんだと思ったら、酷く情けなくて悔しかった。

 世の中そうそう上手く行かないだとかなんだとか、誰に訊いても返ってきそうな一般論が覆されて早12年。上手く行く奴は行くもんなんだと思い知らされて、そこから始まった何とも屈折したおれの世界。
 悪い事の後には良い事が待ってるって、なァ、どいつもこいつもそう言ったのに。可笑しいなァあいつもあいつもあいつにも、悪い事なんてあったのか。

「しかし可愛くねェなお前」
「結構」

 今、傍観者を決め込んだんだ。どうだって良い、目の前の教師らしからぬ髪色の男が、おれに目を向ける最後の一人とわかっていても、どう思われたって良い、おれは独りでも良い。悪くても決められていた事だから、独りだと決められていたんだから、だからこれからもこれからも、これからも。だって仕方ないんだ。

「悪い事言わねェから、高校は出とけ。特待生になりゃ奨学金も出るんだ」
「金の話ならもう良い」

 途中で死んだって別に構わない、そう思ってみれば何て事もなかった。そんな事に最近気付いた。だって誰が悲しむんだろう、おれがいない事で誰が不自由するんだろう。気付いたら呆気なくて笑えた。
 大人は皆、金金金。言われなくてもわかってる。おれは厄介者。最初からわかってる、居場所なんかどこにもねェ。
 大人から見たおれはただの金食い虫。面倒をかけないようにしようと決めた事もあった。でもおれはいるだけで面倒なんだと、急に馬鹿らしくなって良い子にするのを止めた。
 大声を出すわけでも泣きわめくわけでもないけれど、おれは大概問題児扱いされた。なるほど、静かにしているだけでも厄介者は浮いてしまうらしい。

「まァ、良いけどな。お前がそれで良いんなら」
「あっそ」

 派手な赤い髪は地毛なんだと言っていた。おれが久し振りに他人に投げた質問は、そんなどうでも良さそうなものだったけれど、教師は何故か嬉しそうに笑って答えた。
 お前、初めておれに話しかけたな・そう言われて何だか丸め込まれたような気がした。
 その教師の今の表情はやれやれと言ったところか、全く面倒くさいのなら、おれになんて構わなければいいのに。担任なのだから、そうもいかないのか。お気の毒様。

「高校行くのが全てじゃねェよ。ただお前は頭が良いから、勿体ねェだろ。それで開ける道だってあるだろうに。な?」

 ほんとうに、お気の毒様。おれなんかに一生懸命。勉強が出来たって褒められるわけじゃない、勉強が出来たって愛されるわけじゃない。おれはそんな事よりも生きていける力が欲しい。たった一人を寂しいなんて思わずに、強く生きていける力が欲しい。

「…ユースタス屋ァ」

 相変わらず目の前の教師は言う。おれが何を望んでるのか知らないで、一生懸命に語りかける。それは一生懸命なのか、一生懸命に見えるだけなのか、それはわからないけれど、教師として生徒に辿って欲しい道を指す。まるで本当におれを心配しているように、何度も何度もこうやって。
 こうやって顔を会わせる度に『先生』と呼びたくなくなって、可笑しな呼び名で呼ぶようになった。この教師の髪色と同じ、凡そここには似つかわしくない音で。

「お前な、それ止めろって…まァいいか」

 なァ『先生』?
 それは本物?

「振り向くだけで応えた気になってるなら大間違いだぞ」
「…何がだ?」
「振り向くってなァ、どうせ面だけなんだろ」

 仕事とは生きる事。世界は労働力と引き換えに回る。たまたまだ。施設の奴等がおれの面倒を見てきたのはそれが奴等の『仕事』だから。そして目の前の大人がおれに目を向けるのも『仕事』だから。
 きっとそうなんだと思う。そうやって誰かの為のフリをして生きるために仕事をする。それで良いんだ、良いのに。

「ロー?」
「何となく、ユースタス屋だけは違う気がしてたんだ。でも期待して嫌な思いすんのは飽きた」

 退屈と言うよりは、生き難い。
 狭い世界しか見ていないのに、もうおれは息苦しさでいっぱいいっぱい。
 教師の言うような未来など到底望めない。だってそれだけの糧がおれには無くて、それを補えるほど強くもなくて、出来れば何かの影に隠れていたいから。

「進学はしない、以上」

 墜落する夢なら見ない方が良い。一歩引いて臨場感に欠けるとしても、その一歩で冷めたままを保てるならそれで良いんだ。垂れ幕越しの世界には変わりない。そのどちらもがステージだとしても、きっとおれはそっちを羨ましく思うから。
 なァ、おれを見てほしいと思うのは我儘か?ちゃんと両の目で心の底から見てほしいと思うのは、我儘なのか?

「ロー…!」

 教師が追い掛けようとする気配がした。でもそれより早く教室を出た。パタパタ鳴る上履きの音に、ついに別の足音は混ざらなかった。
 そうだ、それで良い。正解だよ先生。受け持ちのクラスに問題児が一人いた事には同情するが、誰も先生を咎めたりしないさ。時が経てば自動でいなくなるんだ、もう少しの辛抱だから。

(卒業…か)

 走って走って、何遍も通ったコンクリートを蹴って、振り返っても校舎は見えなくなった。
 まだ大分日は長い。蜩が鳴いた。からりとした風が気持ち良かった。

(――卒業)

 無意味に泣いた。本当に久し振りに泣いた。本気で泣いた。
 学校に未練が一つもないと言えばそれは嘘だ。ああしたいこうしたい、思ったけど出来なかった。だけどすれば良かったなんて言えない、だって出来なかったんだ。仕方ない。
 来春からおれは何にも守られなくなる。義務教育という盾がなくなる。いても良かった場所が、押し流される。
 多分おれは、独りになりたくない。なりたくないなら新しい盾に守られれば良い。でも出来ない。それをしたいのにしない自分に付いていく。おれはきっと、これから先もそんな風に、自分に付いていく。たった独りだから、辛いを選んで強がる自分に、付いていく。

 でも、だけど、だけど。
 あのな、その温かい手が欲しかったなあなんて。一度だけ撫でられた頭の擽ったさが忘れられない。記憶している一度だけが、あんまりにも鮮明で、吃驚して嬉しくて。
 ユースタス屋、明日もまたおれに言うのかな。明日もまた、おれを呼ぶのかな。いつかまた、撫でてくれる事、あるのかな。


「っあ、」



 鈍い音がした。
 容易に理解ができた。ああ、なんて呆気ない。スローモーションの視界に、雑多。目を閉じたら全て終わってしまう。

(―――――…)

 ほんのすぐ側で、赤がじわり、揺らいで見えた。














・青春ステロイド



言い訳のような思考なんて
瞬く間に追い越して




季節感無視
続く予定です
110410


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