斬り捨て




「ユースタス・キッドに女が出来た」
「………」
「……らしいっす、よ?」
「………ほぉ」
「痛たたたたたた!!!! 痛い痛い船長痛い!!」

 何だソレ、面白くねェ。何なんだソレ笑えねェ冗談でも笑えねェ。

「船長がもう一回言えって言ったんでしょ!? 何でおれがつねられるの!?」
「言ったからだ」
「ひ、酷! ペンギン、今日の船長なんか酷いよ!」

 ユースタス屋が顔を出さなくなって二日経つ。高々二日かもしれないが、シャボンディ諸島での二日は大きい。そもそもコーティングが済めば離れる島なのだ、もっと言ってしまえば一分一秒も惜しい。
 いつ出発するなんて決めていないし、ユースタス屋の船が今どの程度なのかも知らないし、海軍の出方によってはコーティングが済み次第船を出す事になるかもしれない。
 クルーの命に関わる問題を急かすわけにはいかないが、金を積めば出発を早めるくらい出来ないわけではない。
 つまりおれは焦っているのだ。わざわざ昼前に起きてわざわざ甲板に出て、船内でやれば良い読書をわざわざ日陰と一緒に移動しながらするくらいに、焦っているのだ。
 それを何だ、ユースタス・キャプテン・キッド様は女の尻なんか追い掛け回してたって言うのか。

「ロー、お前会いに行っていないのか」
「行くわけがねェだろ。大体何でおれがそんな事しなくちゃならない」

 足にしがみつくキャスケットをそのままに、ペンギンは溜息を吐く。溜息なんか吐きたいのはおれの方だ。
 ユースタス屋が土下座しに来るならまだしも、何でおれが会いに行ってやらなきゃいけないんだ。

「そうですよ、船長が行けば良いじゃないですかー、向こうも喜ぶんじゃないですか?」
「……………」
「ヒッ! ペンギン、船長が睨んでる怖い!!」
「………ちっ」

 何と言うか、キャスケットに苛々する原因がわかりきっている事に更に苛々する。
 ちゃっかりベタベタしやがってこの野郎…これじゃあまるで、まるでおれは、

「ローはユースタス・キッドが連れていたのがどんな女か、知りたくないか」

 ペンギンの発言に嫌でも反応してしまう。どうやら姿までは見ていないらしいキャスケットがペンギンの足元で騒ぎ立てる。…いいから離れろいい加減。

「えっペンギン見たの!? どんな人!?」
「………」
「…赤い髪で背はユースタスより少し低い」

 ぎりぎりする胸の内側が苦しい。淡々と話すペンギンが何となく気遣わしげになった。という事は、おれの顔は誤魔化しようがないくらいに歪んでいるんだろう。

「で?」
「海賊ではないようだ」

 ああそうか、海賊でも何でもないただの女が好きって事か。自分と同じ色した女が好きってか。
 無意識に握り締めた拳が痛い。だけどそれより胸の中が痛い。ついでに頭も痛い。ゆらゆらし始めた視界に、やばいと思った時にはもう遅かった。
 一度落ちてしまえばキリがない。おれは痛いとか辛いとか恐いとかで泣いたりしない人間だったのに。泣くのに他に付ける理由なんか思い付かない、だからおれは泣かない人間だったんだ。
 なのに何でこうなった。いつからおれはこんな風になった。なんて。
 自問自答も馬鹿馬鹿しい全部気付いてるし全部知ってる。変わったのは一目見たその瞬間からで、たったの数日で見事に絆されて、そして会わなかった二日でとんでもなく不安になったんだ。
 見た事もない、聞いただけの女が酷く羨ましく思えた。ユースタス屋と同じ色をして、隣に立っていられる女。その場所を許された事、今も側にいるのだろうという事、選ばれたという事。そしておれじゃないという事。

「へぇ、それで?」

 思ったよりも乾いた声が出て、内心ほっとした。

「目の下に隈があった」
「えっ、待ってよそれって…!?」
「は?」

 何だソレ。理解できずに思わず顔を上げれば、いつの間に離れたのか、目の前にいたらしいキャスケットと目が合った。
 …何でそんなに楽しそうなんだこいつ。

「船長! それって絶対、わざとそういう女を選んだんですよ!」
「今すぐ会いに行った方が良い、ユースタスは多分、」
「…は、はは、あははは、は」
「せ、船長?」

「はぁ……――くっだらねェ」

 ああ、そういう事か、と空を仰いでローは言う。天井より大分傾いた陽射しに、ああもうここにいる意味は無さそうだと思った。
 隈があったなんて、そんなのだから何だって言うんだ。なァそうだろう。なァ何でなんだよユースタス屋。突き放すなら綺麗さっぱりにしてくれよ。何でそんな事するんだよ。何でそんな風に引っ掛かる事をしてくれる。本当、本当趣味が悪い。

(それとも、それとも、?)

 それをわかってやったのか?本当にそんな安直で良いのか?おれがそれを聞き付けると、それをわかってやったのか?それは追い掛けるおれを期待したのか?それとも泣いてすがり付かれるのがお好みなのか?

 だけどそれは、そんなのは。

(だったら、それは)

「それはただの偶然だ」

 にやり、歪んだ唇が僅かに震えた。平常を保ってきた喉も限界のようで、荒れた感情の気配が濃くなる。顔さえ見えなければ、泣いているとは思えないほど静かに、ただ目から涙を溢しながらローは言う。

「もし偶然じゃないなら、おれはこう言ってやろうと思う」

 コツンと響いたヒール。帽子を深く被り直したローの足が向いたのは、船室。

「奪うくらいしてみろって、な」



 クルーを率いて海を渡る頭同士、一緒に連れていける筈もないんだ。ならこれで良かったんだ。だからおれは良い様に解釈して、良い様に諦める事にする。
 結局事実なんて知らなくたって、おれはもうすぐ船を出すだろうから。














・ご都合主義の斬り捨て御免



切り取られたわたしを
生かすも殺すもあなた次第




ローの片思いが好きで辛い
しかしうちのロー泣き過ぎだと思う
一応、消毒!の続きです
110309


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