心から!
※バレンタイン話
※社会人キッド×大学生ロー
点けっぱなしのテレビから流れるチョコレートのCM。何の気なしにスルーしたいのは山々なのだが、そうもいかない、というかいきたくない事情がおれにはある。
「バレンタインか」
「バレンタインだな」
「バレンタインっつったらさ、」
「2月14日は269年頃にローマの司祭が殉教死した日だ。聖バレンタイン」
しれっと言いのけた隈がチャームポイントの恋人様。この恋人がいるからこそ気になるのがバレンタインなのだ。
おれとしては日本の風習な方として今日この日を待っていたわけだが、常日頃から一筋縄でいかないのがローであって、多分さっきの知識もわざわざ調べたんじゃないかと思う。多分。
「本当、お前は…」
「菓子業界に踊らされてるよな、あァそうだ」
くれるくれないはこの際別として、こういう日は世間に便乗してそれらしく過ごしたって良いんじゃないかと思うのだ、おれとしては。
素直じゃないというか可愛くないというか、そこが可愛いというか。たまには甘えてほしいとか。
そんなおれの心情を知ってか知らずか、ローは無表情のまま思い付いたように手を叩くと、自分の鞄を手繰り寄せ、がさがさとその中身を漁り始める。
何となく…というよりかなりわざとらしい。何をする気なんだとその様子を黙って見守っていると、そのうちに不自然に腕を突っ込んだまま動かなくなってしまった。
「…どうした?」
「いや。あのな。踊らされるのも悪くねェっつうか…その、別に要らねェなら良いけど、あ、要らねェとか言ったら殺すけど」
あれ、この展開はもしかして…?
鞄の中身が何なのか…ローの言葉からそれがわからないほどおれも鈍くない。寧ろ多少期待はしていたぐらいだ。くれないのが9割、くれるのが1割。何だかんだ言ってイベント事には興味があるらしいローの事だから、もしかすると万が一、その手が今持っているのはおれが期待したそれなんじゃないか?
「ロー、お前もしかし、」
「は、ハッピーバレンタイン。ユースタス屋」
かさりと音を立てて目の前に差し出された真っ赤な包み。黒のリボンが掛けられたそれ。
まさしく期待していたその物。期待していたシチュエーション。まさかと思っていた期待通りで何だかぽかんとしてしまう。
「本当にくれるとは思わなかった」
「何だよ、期待したのかよ。面白くねェな」
包みを受け取ると拗ねたようにそっぽを向かれたが、その顔は僅かに赤くなっていて、まるでお決まりの告白シーンだ。
どうしよう、こいつ可愛い…!言ったら本当に拗ねるだろうから今は言わないでおくが、物凄く可愛い、こいつこんなに可愛かったか!?
耳まで赤くして、相当に照れ臭いのだろう、普段は赤面なんて滅多にしないのに。良いもんが見れたとバレンタインに感謝しつつ、手の中の包みに視線を落とす。
「開けても良いか?」
「…おう」
ちらりとこちらを見てまた逸らす。おれの反応が気になるのか、そわそわとする姿に再びバレンタインに感謝しつつ、ローの了解を得た所で改めて包みを見ると、綺麗にラッピングされてはいるが既製品ではないようにも見える。
もしや手作り?まさか本当にローが?早る気持ちを抑えて慎重に包装を剥がす。蓋を開けて現れたのは、非の打ち所のない、まさに完璧な外見をしたチョコレート菓子だった。
「言っとくが買ってきたんじゃねェぞ」
吃驚して言葉に詰まったおれを見て、不貞腐れたよう唇を尖らせるロー。
「これ作ったのか? ローが?」
「一人で、じゃねェけど…」
むすっとして赤くなって俯く様は可愛い以外の何者でもない。まずい、可愛過ぎる。何だこいつ、今日のロー異常に可愛い。これ以上おれを舞い上がらせてどうする気なんだこいつ。
「おれのクラスに…そういうの得意な奴がいるんだ。そいつに教えてもらった」
「それにしてもよく出来てんな…これ。お前凄いな」
愛が成せる業なのか、正直ローは器用ではあるが料理は得意ではない。身を以て言える。
「作るからには完璧に作れって言うから…でも手は出してもらってねェぞ。口は出してもらったけど」
という事は完全に手作りという事かこれは。あのローがこれを作ったとは…一週間前の昼の惨劇が嘘のようだ。いや、もうそんな些細な事はいい、それより一体どれだけ頑張ったんだろう。しかもおれの為に。
「ロー、これ大変だっただろ。食べるの勿体無いな…これ」
「いや…別に…良いから早く食えよ」
喋り終わらない内に立ち上がって、食器棚からフォークを一本手渡された。再び隣に腰を下ろしたローは、少し不安そうにこちらを見る。目が合ったらすぐ逸らされたけど。
「…いただきます」
意を決してフォークを刺し、一口。
「………」
「………」
「…どうだ?」
「うまいです」
「だろうな」
だろうなとか言う割りに、ちょっとほっとしたように笑わないでもらいたい。
そんなローを見ていたらこっちまで照れ臭くなって、一口フォークに刺して、ゆるく笑った口元に突き出す。
「っ、ユースタス屋が食わなきゃ意味ねェんだよ。良いから食え」
目の前のひと欠片にきょとんとしてから眉を寄せて、監視するように居住まいを正すロー。
「これを作るのにな、どんだけ失敗したと思ってんだ。7回だぞ、7回!」
「7回…?」
だからお前が全部食えと再びそっぽを向いたロー。苦虫潰したような顔をしているが、ますます頬を赤くするもんだから拗ねたでかい子供みたいに見える。お前20過ぎてるだろうに、そんな反応は反則だ。
ていうか、7回って…7回なんだ、7回も失敗したとか、よく途中で投げなかったな。あれか、やっぱり何だかんだ言ってお前おれの事好きなんだな!
…いや待てよ、という事は?
「ロー、その7回分どうしたんだ?」
「えっ、いや…持ってるけど。捨てるわけにいかないし。捨てるぐらいならキャスケットにやる」
「それも元はおれにって作ってくれたんだろ? 貰ってもいいか?」
「……なんで」
いいだろ?とじーっと見ていると、その内舌打ちして鞄に乱暴に腕を突っ込むロー。途端にがさっと音を立てる辺り、鞄の中身は本人曰くの失敗作だらけなのだろう。
はい、と手を出せばまたひとつ舌打ちされてセロハン包みのそれぞれが渡された。
「知らねェからな。不味いからな」
念を押すように指差されたがこれだって立派なバレンタインのプレゼントだ。
確かに崩れてたり焦げてたり、膨らんでいなかったり色々だが、一生懸命作ったんだなぁと思うと何だか心が温かくなった。
「ありがとうな、ロー」
「………おう」
「これ本当に嬉しい」
「………当然だ」
「ホワイトデー楽しみにしてろな」
「……忘れたら殺すぞ」
笑って頭を撫でると、珍しく大人しい恋人様。睨まれたけど。
全く、口は減らないけど、本当、可愛い奴。
このまま抱き締めても良いよな、ロー。
・気むずかしいあなたにだからこそ、愛されたいのです、心から!
(…なァ、ローこれってさ、チョコレート・プディングだよな)
(知ってんのか?)
(お前が自分で選んだのか?)
(いや、お前が作るならこれにしろって)
(……なるほどな)
(?)
ローがあんまりにも
可愛くなってくれないので
キッドに可愛い可愛い言わせて
カバーしようとしました
無駄だった
ただ年の差があるってだけで
設定役に立ちませんでした
言い訳ついでに
ローに教えたのはサンジ君です
同じ北海出身という事で
そして1日遅れましたが
き に し な い
110215