徒花
言うべきじゃなかったのかも知れない。言わなくてもバレただろう事は別として、クルーも巻き込んで、一世一代の大告白。
「ユースタス屋ー!」
おれは何だか幸せのようです。
「…キッドならたった今出掛けたぞ?」
「え? どこに?」
暢気なものだと思う。敵同士の船長が、恋仲になって浮わついているなんて。
「行き合わなかったか? お前の船に行ったと思うが…」
それもほんの数日の間だけ、それもわかっているというのに。
そんなつかの間が幸せに思えて仕方が無いなんて、この島に上陸する前、ほんの数日前のおれに予想出来ただろうか。
まさかこの自分が一目惚れを経験するとは思わなかっただろう。愛や恋や、そんなものに興味は無かったし、考えた事も無かったのに。
それを知ってしまえば、なんて世界は残酷なのだろう。
「そうか…行き違ったな。なァ殺戮屋。コーティングはどこまで進んでる?」
「大方は済んでいる。だがまだ出航はしない――だろう?」
「そっ、か」
ローの質問に答えつつ、律儀にタラップを降りてきたキラーは言う。
「キッドに聞いても同じ事を言うだろうな。何、まだ時間はある」
マスクの下の表情がどうかはわからないが、穏やかな声色からは言葉以上の意味を投げられた気がした。
まだ時間はある。その真意は勿論、今後どうするのかを問われたも同然なのだ。
「殺戮屋はどう思うんだ?」
「それをおれに聞くのか? おれはキッドに付いていくとしか言えないな」
今のは多分失言だった。この男には覚悟がある。おれが聞いたところで意見するはずもない。己の役割を十二分に心得ている人間に対し、失礼に当たるだろう。
「…悪い。そうだよな」
「気にするな。そうも言いたくなるだろう」
「あんたは出来た右腕だな」
「お前の所にもいるだろう?」
これを決めるのは自分達であると、理解している。それでも顔を会わせればそんな湿気た話をする暇もなく幸せをぶつけ合っているのも事実で。
それだけ時間が無い事も、互いに理解している。いつか、と呼べる程の未来ではない。すぐ側に結論を待つ明日が迫っているのだ。
「気持ちはな、変わらない。今のおれにはそれしか言えない」
「わかった。受け取っておこう。…キッドはそっちの船で待っているかも知れないぞ」
「ああ、戻ってみる」
逃避とも取れる位に愛を確かめ合わなければならない程、おれ達にはきっと余裕が無い。
その時間を裂いて現実を見るのは恐い。結果として出さなければならないと理解していても、その時間を悔やむ事を恐れている。
そんな風に思っているという事は、実はとっくに答えは出ているという事で。それは多分、キッドも同じ。
報われないとわかっていながら、今が幸せで仕方が無いのは、お前も同じだろうか?
(――答えは多分、)
「殺戮屋ァ、世界は残酷だけど、綺麗なんだな」
・数日間の徒花的幸福
今だけは精一杯、
君だけを愛す
キラーの呼び方は殺戮屋でいいのか
110126