君がいるなら
「な、お前さ、将来の夢とかあんの?」
唐突にそんな事を聞かれたのは確か、中学を卒業する少し前。
「夢? あー何だろうな、普通に会社員とかか?」
「何で?」
進路も決まり、あとは卒業式を残すのみの最後の義務教育期間。
四月からは良くも悪くもない都立校に通うことになる。家から近いのと、学力的に狙えたのを理由に決めた。
将来の夢、なんて質問をしたトラファルガーは有名な進学校に通う事が決まっている。と言うことは、こんな風に話すのも残り少ないわけで。
悲しいものと想像していた割りに、相も変わらず淡々と日は過ぎていっていた。
「何でって…別に大学に行こうとかも考えてねェし。第一やりたい事とかねェし。適当なサラリーマンが良いとこだろ」
「ユースタス屋がサラリーマンとか似合わねェな」
似合う似合わないもない。結局高望みしたところで、自分が努力するかと言えば正直無理な気がするのだ。
そうやって適当に、手の届く範囲での冒険。それがその頃のおれだった。
「トラファルガーは? 何だ?」
「おれ? おれはね、医者」
にやり、と不適に笑うトラファルガーが、その時ほんの少しだけ羨ましく思った。
ほんの少し。その少しがあんまりにも鋭くて、おれは凡そらしくない顔をしたと思う。
「…医者ね。そうだよな。前言ってたよな」
「うん。そう。ユースタス屋にそう言った」
将来なんてどうでも良いと思っていたのだ。どうでも。だけれどもどうでも良くなかった。口や行動はいつだって軽薄。心のすぐ裏側はどんな時もこう言う。『これが本当の自分ではない』。
だからだと思う。ひねくれて見えるトラファルガーが、初めて会った時同類だと思ったトラファルガーが、こんなに真っ直ぐに向かうものを持っていたなんて、見えない所でこんなに違ったなんて、裏疚しいと。
「なァ、ユースタス屋? 何でおれが医者になりたいんだと思う?」
そんなの知るか。自分のような半端者にお前の考えなど分かる筈があるか。何もかもが疎かで、ふわふわ浮いてるこのおれに。何が。
勝手に同類だと思って見ていたのはおれで、それで置いてけぼりを食らったような、抜け駆けされたような気になるなどただの被害妄想だ。
けれど、そんな屈折したおれにトラファルガーが言ったのは
「医者ってさ、儲かるだろ。もしユースタス屋が腐っても、おれが養ってやろうと思ってな」
「は?」
目的不明の、未来計画。
「おれの親が医者だって言ったろ? 本当なら中学もエスカレーターだったんだけど、反抗してやったんだ。なる気無かったし」
折れて捻れて、そのくせ心の底から何もかもを放棄出来るでもなく、宙ぶらりんだったおれに、あの時トラファルガーが言った言葉。
「でも、決めた。おれは医者になる。で、ユースタス屋を養ってやる。だから安心してヒモになれ。それで何処にも行くな」
この言葉が何を言いたいかくらい、流石のおれにも理解が出来た。
「好きなんだよ。ユースタス屋が」
少し色素の薄い目がおれを覗いて、その目におれが写って見えた。
好きだと言われたそれが妙にしっくり来て、ああそうか、もしかしたらおれも好きなのかも知れない、そう口を開きかけた。
「ユースタス屋がおれに本気じゃねェのは知ってる。つか、いつも上の空で…そういう、友達としても真剣じゃねェのも知ってる」
――勢いで喋らなくて良かった。見透かしたような事をつらつら並べるトラファルガーは、口端に浮かべていた笑みを消して酷く真面目な顔をした。
「でもな、ユースタス屋。お前はおれに惚れる。必ずな」
「…何言ってんだ。てめぇ」
「ユースタス屋は必ずおれに必死になる。高校で変な気起こしたら承知しねェぞ」
こんな一方的な、返事もさせない好意が嬉しかったのは、きっと居場所が出来た気がしたからだ。
「…じゃあてめぇが浪人しても食ってけるように、高校出たら働いてやるよ」
「そりゃあ助かる。都内で仕事しろよな」
良くも悪くもない高校でも行く意味が出来た気がした。それはつまり、四月からの自分の毎日に希望が生まれたという事で。
返事もさせないくせに、まるで未来があるようなおれの言葉に、トラファルガーは笑って答えた。
珍しく素直に笑ったその顔を見て、ずっと側にいられたらどんなに良いだろうと思った。
それから高校を卒業して、現在。就職したのはまた良くも悪くもない会社だが、給料はそこそこだからこの際良しとしよう。
それに、良しとする理由は他にもあるのだ。
「ユースタス屋ァ、鍵」
「ん。ほら」
卒業を期に一緒に住み始めたアパートは、おれの職場と、浪人なんてしなかったトラファルガーの大学との丁度真ん中。
「今日は何時に帰ってくんの?」
「あー、今日は早いかも」
「じゃあおれも早く帰る。ユースタス屋、今日は一緒に買い物行くぞ。夕飯何が食いたいか考えとけよな」
「はいはい」
ビシッとおれを指差しながら、鍵を仕舞うトラファルガー。おれの左手にはごみ袋。今日は可燃物の日だ。
「じゃあな、ちゃんと働けよ」
「お前も真面目に勉強しろよ」
「「 行ってこい 」」
幸せってこういう事をいうんだろうな。
・君がいるなら世界も実は悪くない
あの日の返事は勿論、
これはもう中二病キッド
110114