夏の幻(快×平/+新)

 小さかった不穏な雲は、あっと言う間に空を覆い。
 降り出した雨脚も激しく、快斗と平次は全身ずぶ濡れの状態で山道を駆けていた。

「だーかーら!地図持って行こうっつったんだよ!」
「まっさか携帯の電波届かへんなんて、いっこも思わんかったし、しゃーないやんけ!ちゅーか、そう思ったんやったら自分が持ってこいや!」
「っつーか、悪いのオレかよ!」

 ただでさえ夕暮れの時間帯。
 雨雲により更に暗さは増して、このままでは本気で遭難を覚悟しなければならない。
 口喧嘩でもしながら走らなければ、安易に不安に飲み込まれてしまいそうだ。
 
「ちゅうか、なんで一本道の筈の山で迷ってんねん、オレ等。お前、どんだけ方向音痴や!」
「知るか!っつーか、実際一本道だったじゃねーかよ!ホントになんで迷ってんだよチクショー!」

 確かに先を歩いていたのは快斗だが、全責任を押し付けられるのは到底納得がいかない。
 雨でびしょびしょの今なら、涙が滲んでも分からないかも……と、思いながら。
 快斗はまだまだ続く闇に叫んだ。



 夏休みを利用して計画した二人旅行。
 山を少し登った崖の上に建つ、海も見える絶景のホテルを予約した。
 ……まではいい。
 地図を見る限り、ホテルまでは山の入口から一本道。
 しかもホテルは崖の上にあるので、登る前には見えており、大体の位置と距離は把握できていた。
 実際、道もずっと一本道だった。

 なのに、見事に迷った。

 同じ所をぐるぐる廻っている、と気付いた時には既に遅し。
 もはや戻ってみても入って来た所には出ない。
 寧ろ、また同じ所に戻ってしまう。
 まさにキツネに抓まれたかのようだった。

 その最中に降り出した雨。
 冷たいそれは体熱を奪い、水分を吸って重くなった服を着たまま走り続けた事で、体力もそろそろ限界を迎えそうになっていた。
 その頃。

「……あ、あそこ!明かりがついてる!」
「ホンマや。何とか着いたんちゃうか」

 視界にぼんやりと明かりが映り。
 その影は近付くにつれ、大きな洋館の姿を表した。

「けど、予約したホテルってこんなだったっけ……?」
「もうなんでもええて!とにかくあっこ行って休ましてもらお」

 快斗は平次の言葉に頷くと、最後の気力とばかりに猛ダッシュで洋館を目指した。
 平次もその後に続く。

 洋館の門は、二人を迎えるように大きく開いていた。

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