Anniversary

 平次の携帯から鳴り響くのはアラーム音。

「うわ、あかん!急がな最終間に合えへんっ」

 バッと携帯を取り出して。
 わたわた慌てて立ち上がった平次は、呆気に取られたままの快斗を振り返ると。

「すまん、黒羽。オレ帰るわ!またそのうち遊びに来るし」

 言ってくるり背を向けて。
 すたすたと。
 名残惜し気でもなしに、その場を潔く去ってゆこうとしていた。

「い、いや……ちょっと」

 その場を動けないまま、離れて行く背中にかける声。
 ぴた、と平次の歩みが止まって。

「あ。ケーキちゃんと食えよ。ほなな」

 振り向き、何を言うのかと思えば。
 最後の科白がそれ。

 後を追う気力を、快斗から奪い取るには十分だった。

「……ったく……。喜ばせたいんだか、ガッカリさせたいんだか……」

 やれやれ、と息を吐き。
 落とした視線の先、メッセージプレートが映って。
 ふ、と。
 曇り掛けた快斗の表情に笑みが戻る。

「たった一人の愛する人、ね。ほんの数時間でも一緒に居たいって。そう思って来てくれたんだから……ま、いっか」

 そっと抓んで口に含んだ深紅の薔薇は。
 甘さの中に混じるほろ苦さが、今の快斗の心そのもの。

 甘いだけならすぐ飽きる。
 そうじゃないから、飽きずにずっと楽しめて。
 いつも傍に置いておきたくなる。

「ありがと」

 もう誰も居ない。
 平次の居た空気だけが残る空間に。
 小さく呟いて、微笑んだ。

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