夏の幻(快×平/+新)

「何、どういう事」

 背後で見ていた快斗がポツリ呟く。
 平次が振り返り、新一から受け取った写真を向ける。

「これ、オレのじっちゃんや。見てすぐ分かった。けど、眠らされてもーたからなーんもゆえへんかった」
「だから名前も服部……顔も……そう言う事」

 何となくそうかとは思っていたが。
 事実を聞かされ、脱力と共に溜息が出た。

「海軍居った時、こっちの方に来とったて聞いてたからなー。そん時の話も……――」
「じゃ、お前のジイサンの初恋の相手が新一」
「そ。ついでにオレも」
「……は?」

 言って写真を懐かしそうに眺める平次に。
 快斗の中には、モヤモヤとしたものが湧き上がってくる。

「じっちゃんも同し写真持ってんねん。それ、ずっと女や思っとって。綺麗やなー、て」
「……あ、そう」

 新一の顔は、どことなく快斗に似ていた。
 初恋の相手が新一であるならば、似ているから自分を選んだとか言われたら相当へこむ。
 快斗からはまた溜息が漏れた。



 外は、あれだけ激しかった雨が嘘のように晴れており、地面すら濡れていない。
 しかも、空を見ればまだ夕暮れ。

「……どういう事」
「時間、止まってたんとちゃうか?」

 携帯を開くと、日付は着いた日と同じで、着いてからさほど時間も経過していないものとなっている。
 そして、アンテナすら完全に立っている。

「……幽霊の力ってすげーのな……」
「せやな」

 呆然としている快斗をよそに、平次はきょろきょろと辺りを見渡し、視線の先に予約しているホテルを見つけた。

「ほれ、快斗。あっこにホテルあるわ。真逆や、ここ。急がな、また暗なって道に迷ってまうで」
「……ああ」

 元気に歩き出す平次の後ろを、どっと疲れた表情の快斗が追った。



「ところで平次」

 部屋について、一息ついたところで快斗が問う。

「お前、ホントにすぐ眠らされて、新一に何もされてないんだろうな」
「されてへんって。大体、新一は幽霊やぞ……。あ、ちゅーはされたような、されてへんような……ははは、よぉ覚えてへんわ」

 確かに、快斗が気を失う直前は催眠状態にされていた。
 だが、部屋に入って写真を見て分かった、と言っているならその時は催眠は解かれていたはずだ。
 快斗のこめかみがぴくりと動く。

「へぇ……ちゅう、ね。あ、そう……ちゅう……」

 快斗が平次に近づき、バッと上着を開く。
 鎖骨付近に鬱血の跡。
 ふるふると快斗の手が震える。

「……蚊ぁに刺されたんやろ……山やし……」

 平次の顔が引き攣って。
 同時に、快斗の顔も同じく引き攣ってゆく。
 冷たい汗が、平次のこめかみと背中を伝った。

「ずいぶんデカい蚊にやられたみてーだな……こりゃ治療が必要そうだ……」
「い、いいい要らんと思いますっ」
「遠慮すんな。きっっっっちり!消毒してやるから」

 にこり。
 笑った快斗の顔は、幽霊なんかよりも相当怖かった、と後に平次は語ったと言う。



 山を少し登った所に、古い洋館が建っている。
 海が見えるその館には、かつて美しい薔薇園が存在していた。
 今は枯れ果て、荒れたその場所に。
 鳥に運ばれてきたのか、一輪だけ、新たに芽吹いた小さな命。

 薄紫のブルーバユー。
 意味は、青い入り江。
 かつて新一が、彼の帰りを待ち続けて眺めた、あの場所と同じ。
 風に揺れるその花は、まるで微笑んでいるかのように、幸せな香りを漂わせていた。

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