夏の幻(快×平/+新)

「目、醒ましたのか」

 部屋の扉を開くと、奥のベッドに新一が腰を下ろしてこちらを見ていた。
 ベッドの中には平次が居る。

「平次に……何もしてねーだろうな」

 快斗が睨みながら、低い声で問い掛けると。
 新一は僅かに笑みを浮かべ、瞼を軽く伏せた。

「さあな。コイツが起きたら、直接訊いたらいいんじゃねーか?」

 言いながら、平次の額にかかる髪を優しく撫でる。
 その様に、快斗はカッと頭に血が上るのを感じた。

「平次は……お前が待ってた奴じゃない!分かってんだろ?!」

 傍に寄り、新一のシャツの襟首を掴みあげる。
 新一の瞳が快斗を捉え、すっと細まる。

「分かってるよ。平次は彼じゃない。けど、アイツと同じ血が流れてる。だから、オレの目が覚めちまった」
「何……?」

 襟首を掴む手を外させ、新一がまた平次の方へと視線を戻す。
 愛しそうに、その髪を撫でた。

「海を眺めながら、そこから服部が戻って来てくれるのを待ってた。何日も、何日も。けど、オレは待ち続けられなかった。あの日から、ずっと眠ったままで居たのに」

 ぴくり、と平次の眉が動いて。
 うっすらとその瞳が開かれる。

「……快斗……?」

 自分を見つめ、違う名を呼んだ平次に、新一の表情が少しだけ寂しそうに歪む。
 快斗が新一を退けるようにして平次を抱き起した。

「平次!大丈夫か?」
「ああ……オレは平気や……」

 平次が快斗の後ろの新一を見る。
 新一がふっと微笑んだ。

「いいよ、もう行け。オレは一人には慣れてる」
「新一……」

 新一はゆっくりと立ち上がり、壁際の棚の上にある写真を手に取って眺めた。
 そこには、新一と彼の、幸せであったであろう頃の姿がある。

「平次」

 快斗をそっと退けさせて、平次がベッドを抜けて新一の背後に立って、片手をそちらに差し伸べる。

「その写真、オレに渡せ。それと、自分の気持ちも。オレがちゃーんと伝えたるから」

 振り返った新一の、頬に涙が一筋流れ。
 写真を持ったままの手を回し、ぎゅっと平次を強く抱きしめた。

「待っていたかった……。もう一度会って、抱き締めたかった……」
「うん」

 平次が優しく新一の後ろ頭を撫でて微笑む。 その姿は、快斗の胸にはちくりと痛い。

「安心せぇ。相手も同しや」

 新一の手にある写真を取り、それをちらりと見て。
 に、と平次が笑った。

「初恋の相手は、どーにも忘れられへんのやて」

 新一の瞳が見開き、次に細まりながら笑顔に変わる。
 涙の跡が輝き、次第に全体の影が薄くなって。
 そして、消えた。

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