人魚姫(+快)
「やからゆうたんや。人間なんて好きになってもアカンて」
様子を見に来た和葉に言われ、『そうやな』と平次は自嘲気味に笑った。
明日、快斗の婚約披露パーティが船上で行われる。
それが終われば、きっと自分は海の泡になって消えるのだろう。
「平次、手ぇ出して」
言われるまま差し出した手に、宝飾の施された短剣が乗せられ、平次は大きくその目を見開いた。
「これで、その人間を刺すんや。その血で、あんたは人魚に戻れる」
短剣は、キラキラと不思議な光をその宝飾から放っている。
きっとこれは、志保が渡したものだろう。
『この短剣で、快斗を殺す?』
できる訳が無い。
答えなんて分かっている。
それでも。
『分かった』
そう、和葉に告げて微笑んだ。
和葉は安心したように笑みを浮かべて、また海の中へと戻っていった。
一人残され、ただ暗くなる海を眺めていた。
どのくらいの時間が経ったのかは分からない。
手の中には、和葉に渡された短剣。
その鞘は、抜かれて傍に落ちている。
「そこに居るのは誰だ?」
背後から、聞きなれた声が聞こえた。
けれど、振り向く事はしなかった。
短剣を掴んで、振り上げて……。
「なっ、バカ!お前、何してやがる!」
強い力で腕を捩じ上げられて、そこから短剣が足元へとカランと落ちた。
「何があったか知らねーが、自ら命を絶つなんて、大バカ野郎のする事だ」
パシリ、頬を叩かれて。
ポロポロと、溢れ出した雫が頬を伝った。
「……泣かれんのは苦手だ。ほら、泣くな」
ハンカチで濡れた頬を拭って、覗き込んできたその瞳は。
『快斗と……ちゃう』
「オレで良ければ、話ぐらい聞いてやるから」
微笑む、深い蒼。
優しい瞳。
『あ……』
それは間違いなく、あの日、自分が助けたあの人のもの。
恋焦がれた瞳。
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