人魚姫(+快)
快斗に連れられ、快斗の城に住まうようになって1ヶ月。
彼は想像していた通りに優しくて、平次の為に色々な物を贈ってもくれ、本当に大事にしてもらっていた。
自分は本当に幸せだと、平次も日々思っていた。
けれど、一つだけ。
どうしても気になる事がある。
「……どうした?」
快斗の瞳が、真っ直ぐにこちらを見ている。
その瞳。
それが、気になる事の原因だ。
「平次?」
あの日。
助けた人の瞳は、深い蒼だった。
けれど、快斗のそれは……。
平次はペンを持つと、紙に文字を綴った。
「海に落ちた事?何で急にそんな事……」
呟いて、平次と目が合った瞬間。
快斗がはっとしたような表情を見せる。
「お前……もしかして、嵐の時の……」
嵐の時。
それを知っているのなら、違和感は気のせいかも知れない。
平次が安心したように、『なんでもない』と綴ろうとした時。
「そうか……だから、オレの顔を見て……。そう言う事かよ……」
急に抱き締められて、戸惑う平次の耳元で、快斗がぽつりぽつりと呟く声が聞こえる。
抱き締める力は、言葉が続く程に強くなり、それは痛みを伴うくらいになっていた。
『痛い。離して』
伝えようにも、音にならない言葉。
身を捩って抜け出そうとするが、それも叶わない。
「オレを好きなんだと、思ってたのに」
床に叩きつけられるように押さえ付けられて、乱暴に重ねられた唇。
ぶつかった歯で切れたのか、うっすらと血が滲んだ。
『快斗?』
オレを好きなんだと、思ってたのに。
今、快斗はそう言った。
『なんで?』
いつもと違う、冷たい瞳。
平次の身体が、恐怖心から小さく震える。
「オレは……本当に、お前が好きなのに」
瞳から冷たさが消え、代わりに酷い悲しみの色に変わる。
もう一度。
今度は優しく口付けて。
胸元に顔を埋めた快斗は、まるで泣いている子供のように見えた。
平次が、まだ少し震えが残るその手で、快斗の髪を優しく撫でる。
快斗が、他国の姫との婚約を決めたのは、その次の日の事だった。
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