すたあの恋

「暫くここに泊めてくれないか」

 工藤新一と名乗った彼は、コーヒーを飲み終えた頃にそう言った。
 何でも、住んでいたマンションを追い出され、帰る部屋がないのだとか。
 代わりの部屋が見つかるまでの間で構わない、だから置いて欲しい、と。

 この部屋は、自分も人に借りて住んでいる部屋だ。
 勝手に居候を増やしていいものか…。
 平次も少し悩んだが、困っている人間を放り出す訳にもいかず。
 結局、その願いを受け入れ、彼を住まわす事にしたのだった。

「まぁ、黒羽の連れみたいやし…大丈夫やろ」

 そう、自分を納得させて。



 助かった、と。
 新一は内心安堵の息を吐いた。

 工藤新一、と言えば。
 今時知らない人とは中々お目にかかれない。
 彼は、スターと呼ばれる人間。
 連日テレビに姿が映り、街角にもポスターや看板、至る所に彼は居る。

 その彼を、この服部平次と言う男は知らない。
 奇跡の芸能音痴。
 だが、その彼が、今の新一には神様のように思えた。
 ここならば、安全に身を隠せる。
 その確信を得られたのだから。



 数日前。

「この仕事、もう辞めたいんだけど」

 言ったら、マネージャーは鼻で軽く笑った。
 ただの冗談と、まともに受け取るつもりが無いらしい。
 自分は、かなり本気だったと言うのに。

 有名人。
 誰もが憧れるが、決して華やかで楽しいだけじゃない。
 寧ろ、自由は少なく、時折自分と言うものが分からなくなる。

 上辺だけの友達。
 名前で付いて来る人々。
 全てが。
 新一はもううんざりだった。

 だから。

 逃げ出して来たのだ。
 本当の自分を取り戻したくて。
 そして見つけた。
 それを叶えてくれそうな場所。

「…なんや?」

 不思議そうに問い掛ける瞳に。

「いや、別に」

 笑みを返して答えた。

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