Permit
あんな事、どうしてしてしまったのだろう。
後悔と言う物は、常に先には立ってくれない。
「……頼むから……堪忍して……無理やって……」
緊張して固まった身体で。
恐怖で小さく震えながらそう呟いた。
その時に、止めていれば良かったのに。
「……キライや……」
言われて、止められなくなってしまった。
次の日の朝、目覚めた時には既にあいつの姿はなくて。
自分がしてしまった事への後悔と、大事な物を一気に失った喪失感とで、抜け殻みたいにただ一日を過ごした。
その夜鳴った電話で、衝撃を受けるまでは。
困惑の色を浮かべる自分の顔を、不思議そうに見つめる瞳。
それはつい先日、恐怖と憎悪の色を浮かべた、それと同じ筈なのに。
その色も、何の色も、無い。
「……だれ?」
言われた時、背筋が冷たくなった。
これはきっと、神からの天罰だ。
「工藤君やで、平次。あんた、ほんま仲良かったんよ」
静華さんが伝えると、もう一度こちらをゆっくり向いて。
「そうなんや…。ごめんなぁ。思い出されへん」
向けられる苦笑。
「ホンマごめんねぇ、工藤君。この子、他はすぐ思い出せたのやけど…」
申し訳なさそうに話す静華さんに、自分の方がよっぽど申し訳なくなってくる。
『ごめんなさい』と、心の中だけで呟いた。
あの日。
重い身体を引き摺るように、大阪まで戻った服部。
心神耗弱のまま家に向う途中で、向ってきている車に気付かずに……。
「怪我はね、大した事なかったんよ。脳も異常は見られへんし、殆ど元の状態なんやけど。何や精神的に強いストレスになるもんがあったんちゃうか、てお医者さん言いはって…。あの子、直前まで東京で工藤君と一緒に居ったのよねぇ。なんか思い当たるような事あった?」
「いえ……」
オレが原因です、とは言えない。
息子さんに酷い事をしてしまいました、なんて。
そんな追い討ちをかけるような事、言える筈が無い。
黙ってしまったオレを、自分の事だけ忘れられてショックを受けていると思ったのか。
静華さんは、苦笑いを浮かべながら小さく息を吐いて。
「ホンマ、あんな工藤君の事大好きやったのに。何でその工藤君の事だけ思い出されへんのやろなぁ」
そう言って、服部の方を見た。
その視線に気付いて、服部が小首を傾げこちらを向く。
視線が合って。
にこり、服部が笑った。
「まぁ、考えてもしゃーないし。飲み物買うてくるついでに、ちょっと用事済まして来るさかい。その間平次の話し相手でもしたって、工藤君」
「え……あ、はい…」
財布を持って、静華さんが部屋を出る。
服部と二人きりの空間は、酷く居心地が悪く感じた。
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