U&I
「……あなた。平次、工藤君のとこに戻ったらしいわ……」
通話を切り、静華が携帯を持つ手をゆっくりと下ろしながら平蔵に言う。
「そうか」
「すっかり大人になってるけど、そんな変わらないそうですよ。記憶を失くして、ずっと知らない土地に居ったんやて」
「そうか……」
静かな、少し暗い部屋には静華と平蔵の2人きり。大して大声でもない会話がやたらと響く。
「親より、工藤君優先やなんて……ほんまに、工藤君大好きやね、あの子は」
「ああ」
はらり。静華の瞳から、一つの雫が流れ落ちた。
「ちっとも変わってへんわ……」
けれどその表情はとても穏やかで。平蔵も僅かに笑みを浮べているように見える。
薄暗い部屋に、少しだけ明かりが増えて光が射した。そんな気がした。
キッチンから漂う懐かしい香り。服部が作る料理の中で、オレが一番好きなハンバーグ。10年越しで、やっと叶う約束。今夜の晩飯。
「記憶失くしても、料理の腕は落ちないんだな」
「当たり前や。一度身についた技術は、そう簡単にのうなったりせえへん。工藤、皿並べて」
「ん」
ずっと使われていなかった服部の分の食器。一緒に並べられるのがすごく嬉しい。それが当然だった時には忘れがちだけれど、こんな些細な事でも幸せで。日常のどんなシーンにも幸せは溢れているのだと思い出す。
「いただきます」
テーブルに並べられた料理。大好きな人。その笑顔。ある日突然消えた全てが、今、また目の前にある。
「すげー美味い!」
「そか。良かった」
口の中。溢れる肉汁と、広がる香り。そして、懐かしさ。
じわり、思わず涙が滲んだ。
「……服部」
「なんや」
服部は約束を守る男だ。
「もう、居なくなったりしないよな」
「……おう」
だから、言った事は必ず守ってくれる。
「ずっと、オレの傍に居てくれるよな」
「居るよ。ずっと」
出来ない約束はしない。
「約束だぞ」
「ああ。約束する」
差し出される小指。自分のそれを絡めて交わす指きり。
それは、永遠に破られない約束。
堪えた涙が。一筋だけ、微笑んで見せた頬を、伝って流れた。
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