U&I

 輝く太陽と水面。溢れる人。騒がしい夏の海。

「工藤、早よしろや。着替えにどんだけかかってんねん。女子か」
「うるせえ! もう終るから、黙って待ってろ」

 先に着替え終わった服部が、更衣室の前でぽん、とビーチボールを上に投げてキャッチする。

「しっかし。受験控えてる高校生が、貴重な夏休みに遊んでばっかでええのかな」
「受験合宿に行きたくないから強化合宿をオレとするっつって、親誤魔化して遊びに来てる奴が何言ってんだ」
「ま、そうなんやけど」

 ぽーん、ぽーん……――。
 何度か舞ったボールが舞わなくなった。静かな様子に、やっと着替えを終えて扉を開けると。

「おい、服部。どこ行……」
「あっこ! 誰か溺れとるっ」
「は?」

 ビーチボールを乱暴にこちらに投げ、服部がくるり背を向け海の方へと走り出す。

「服部!」

 こう言う時はホント素早いな。感心するほどの早さで海に入ると、あっと言う間に溺れた人を抱き上げ砂浜へと戻って来た。
 水を吐かせ、意識を取り戻した女性。そのツレが服部に何度も礼を言う。

「本当に、ありがとうございました!」
「そんな何度も礼言わんでええから。当たり前の事をしたまでや。したら、オレはこれで。行くで、工藤」
「ああ」

 背を向け、その場を離れるオレらの背に。その後も何度か『ありがとうございました』の言葉が聞こえた。



「ってか。あの距離でお前よく溺れてるって分かったな」
「はしゃいでるにしてはおかしい動きしよったからな」

 ひとしきり泳いだ後。海の家で食べる焼きそばが美味い。少し冷えた体に、この温さが心地いい。

「つーかお前。後先考えずに人助けに行くのやめろよ。気持ちは分かるけど、お前までどうにかなったら洒落になんねーだろ」
「はは。オレは大丈夫やって」
「何を根拠にそんな事言ってんだ」

 服部と居ると。楽しいけど、時に不安になる。向こう見ずなこの性格が、いつかとんでもない事になりそうで。急に、オレの前から居なくなりそうで。そんな不安だけは、いつも心のどこかで消えない。

「……何辛気臭い顔してんねん。ちゃんと目の前に居るやろ」
「今はな」
「ずっと居るって」
「どうだか」

 壁にかけられた扇風機の風が。普段は固めの、今は半渇きで柔らかめの服部の髪をふわりと揺らす。日に焼けて、普段よりまた少し黒くなった肌に、漆黒の髪が良く似合っていた。

「大体、遠距離だから常に目の前には居ねえし。オレの知らない所で何かあったら、オレ助けてやれねーし」
「遠距離やのうても、常に一緒な訳やなし。そんなん言ったら、常にひっついてなあかんやないけ」
「ロープでぐるぐる巻きにしてくっついてるか」
「アホ言え。お断りや」

 冗談に笑う顔。ずっと見ていたい。ずっと傍に居て欲しい。
 言ったら殴られるから言わないけど。服部は、オレにとっての天使みたいなもんだから。今のオレが居るのは、服部が居てくれるから。この笑顔が、いつもオレを救ってくれるんだ。

「なあ、服部」
「んー?」
「頼むから。本当に、あまり無茶な事はしないって約束してくれ」

 真摯な瞳を向ける。服部の顔から笑顔が消えて、真剣な瞳がこちらを見返す。

「それは、約束できひんな」
「服部」
「けど……――」

 瞳の色が、ふわっと優しく変わった。

「何があっても。絶対、何が何でも工藤のトコに戻る。それは約束する」

 風に揺れ、ちりちりと鳴る風鈴。寄せては返す波の音。開放感にはしゃぐ声。そのどれよりもはっきりと、オレの耳に届く声。瞳に焼きつく優しい笑顔。
 服部は。約束はきっちりと守る男だ。出来ない約束はしない。だから。

「……約束な。信じるから」
「おう。任しとき」

 本当に、この先何があったとしても、きっと戻って来てくれるのだろう。
 例えば服部が、オレの前から急に居なくなっても。オレは信じて、ずっと待ち続けるよ。

「ホント、ずっと待ってっからな。約束破ったらただじゃおかねーぞ」
「ははは。何されるか怖いわ。なるべく急いで戻ろ」

 服部の笑顔に、つられるように笑って。まだ残っている焼きそばを2人で食べた。
 それは、まだ高校生だった頃の夏休み。

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