U&I

「ほな、行ってくるわ」

 いつも通りの朝。
 服部が先に起きていて、7時になったら蹴り起こされて。ニュースを見ながら、服部の作った朝食を食べて。依頼人の元へ向かう服部を玄関で見送った。

 普段と何も変わらない。
 蹴り起こす時の顰めっ面も。朝食を採りながら、こちらに向けていた笑顔も。行ってくる、と向けた探偵をする時に見せるその表情も。
 何も、変わらなかったのに。

「……え?」

 受話器から聞こえた言葉に。一瞬で、頭の中が真っ白になった。



 服部とオレが住む部屋は、はっきり言ってそんな広くはない。大学に近い、と言うのが利点ぐらいなもので、実際は米花のオレの家に住んでいる方が快適だと思う。今も両親は滅多に帰って来ていなかったし、実質2人きりで過ごせるのは変わらない。
 けれどそうはせず、服部が東京に来た時に借りたアパートにそのまま住んでいたのは。理由をつけては寄って、たまに泊まったりして。一緒に過ごしたこの狭い空間が、なんだかとても心地良く感じたからだ。
 広い空間では感じられない距離感とか。何をしてても視界に居る服部とか。同じ部屋で寝るから見れる寝顔とか。服部の気配を、常に近くに感じられる事が心地いい。

「戻ってらっしゃい、新ちゃん。私と優作さん、これからはずっと日本に居るから。新ちゃんの傍に居るから」

 携帯の向こうの声に。相手が見えもしないのに緩く首を横に振る。

「母さん……オレ、ここを離れる訳にはいかねえんだよ。分かるだろ?」
「でも」
「服部が……アイツが帰って来た時に。オレが居なかったら、探しにまた出てっちまうかも知れねーだろ」
「……新ちゃん」

 携帯を耳から外し、腕を下ろしながら。視線をゆっくり玄関の扉に向ける。
 あの日から、自分がそうする以外に開かないドア。

『ただいま』

 その声が聞こえないドア。笑顔が帰って来ないドア。

「服部」

 この空間は。服部が実際居ても居なくても、常にアイツを感じられる。オレにとっては天国みたいな場所なんだ。そして。アイツが帰ってくる場所もここだけだ。
 だから、オレはここを離れられない。

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