日常
同じ大学に通ってはいるものの、選択しているモノが違う。新一はバイトをしていないが、平次はしている。だから、常に一緒に居る訳ではない。お互い、知らない相手の時間がある。
「ただいまー」
おかえり、の声を聞けるのはどちらか一人。それは日によって違ったが、圧倒的に平次の方が聞ける立場で。新一が帰る部屋は大抵誰も居ないから、返る言葉なんてものは無い。
けれどそれは慣れていて。特別寂しいと思った事はなかった。これは別に、今に始まった環境ではない。
「おかえり」
ふいに聞こえた声に、驚いて顔を上げると。キッチンの方から、ひょいと顔だけを覗かせる平次が新一の瞳に映る。
「は?お前、バイトは?」
「休みにしてもろた」
「え?なんで?」
靴を脱いで、急ぎキッチンへと向かうと。平次はなにかの材料を袋から取り出していた。
「今日はお前の好きなモンぎょうさん作ったるさかい、夕飯楽しみにしとけや」
「だから、なんでだよ」
「なんで、て……」
機嫌良く準備を進める平次に、新一が頭に『?』を大量に浮べながら訊ねると。きょと、と目を丸くした平次が新一の方を向いた。
「なんや、どうした。熱でもあるんか」
「なんでだよ。熱なんかねーよ」
「せやかて……えぇ?」
珍しいものを見るように。上から下まで何度か視線を移動しながらに見られ、新一が少し不機嫌そうに眉を顰める。
「ほんまに分からん?」
「分かんねーから聞いてんだろ」
「なんでやねん。こっちが驚くわ」
「はぁ?」
平次の言葉の意味が分からず。また、その態度が気に入らなくて。本気で不機嫌になりかけた。その瞬間。
「今日は誕生日やないか。お前の」
「え?」
表情を変えないまま言う平次に。今度は新一がきょと、と目を丸くする。
「毎年、何日も前から祝え祝えやかましいのに。なんで人がまともに祝ったろ、思ってる時に限って忘れてんねん。嫌がらせか」
新一の反応に、呆れた瞳と口調を返すと。平次はまた料理の準備に取り掛かり始めた。
手際良く進められる作業。平次のバイト先はレストラン。たまたま入ったらどのメニューも美味しく。自分でもそれを作りたいと雇ってもらった小さな店だ。
2人で暮らすようになって。自炊をしなくてはならなくなってから、平次は少しずつ料理ができるようになってはいたが。バイトを始めてからは、一気にその腕が上達していった。
今は食事は殆ど平次の担当。平次が作る飯は、どれも美味い。
「ちょお時間かかるし。先に風呂でも入って後適当にくつろいどいて」
「ん?うん」
新一の誕生日を祝う為、わざわざバイトを休んで。楽しそうに。嬉しそうに料理を作る平次の横顔。
頬が緩んで、目尻が下がったのを見られたくなくて。新一はくるり背を向け、着替えを取りに部屋へと向かった。
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