Holy Night
「うわ、すごっ」
聞こえた声に目覚め、上半身を起こして目を擦る。視線を窓の方へと移すと、カーテンを少し開いて、そこから外を眺める服部の後姿が映った。
「なんだ?どうした?」
「あ、起こした?」
ゆっくりとベッドから抜け出して。服部の背後に回り、そのまま両腕で抱き締め、服部の肩越しに窓の外を見る。
「うわ。こりゃすげーな」
「な。寝る時は降ってへんかったのに」
「だよな」
窓の外は一面の銀世界。それも、結構な量の雪が積もっている。
「つーか、なんかデジャヴ。いつかも、こんなことがあったよな」
「あー、あったなぁ。厄日」
「そうそう、厄日」
言って笑う服部に、つられるようにして笑った。その背後で、服部の携帯から音楽が流れる。
「誰や、朝もはよから」
オレの腕をすり抜けて、携帯を取りその画面を眺めると。服部がへぇ、と小さく声を漏らした。
「誰から?」
「んー。和葉から」
「遠山さん?なんだって?」
「大阪もめっちゃ積もっとるらしいで」
「へぇ」
画面を見たときの服部と同じように声を漏らして、視線をまた窓の外へと向けた。
「そう言うたら工藤。お前、あん時からやんな?和葉んこと、和葉ちゃん、やのうて遠山さん言うようになったん。和葉も当時は気にしとったけど……なんで?」
思い出したように言いながら。戻ってきた服部が、さっきまでとは逆に、オレを後ろから抱き締めて。肩に顎を乗せながら訊く。
「そんな細けーことよく覚えてんな」
「工藤のことやったら、なーんでも覚えてんで」
言って、自分でふっと笑う。
遠山さん。そう呼び名が変わったのは、オレが彼女との間に距離を作ったから。
あの日は、厄日なんかじゃなくて。オレにとっては本当に聖夜の魔法だったんだ。
服部のキスは確かに解いた。オレが自分自身にかけてた呪縛を。
「なんでだったかな。忘れた」
髪を撫でてやると、服部が気持ちよさそうに目を細めて。
「嘘吐き」
呟いて、オレを抱く腕に力を込める。
そしてたぶん。あの日、服部も自分にかかっていた魔法に気付いた。オレに抱き締められた、あの瞬間に。
親友だと思ってたのにって、あの台詞は。オレに向けた言葉じゃなくて、自分自身に向けた言葉だった。
なぁ。そうだろ?
朝日を浴びて。舞い落ちる雪が、キラキラと輝いていた。
「今日も厄日だったりしてな」
キッチンの入り口で、鍋に向かってる後姿に語りかけると。
「ははは。イブやぞ。厄日なワケあるかい」
笑いながら火を止めて。温めたココアをカップに注ぐ服部。
「聖夜っちゅうのは、奇跡が起きる日。なんやで」
カップから広がる甘い香り。そして響く、服部の甘い声。
「……そうだよな」
差し出されたカップを受け取り、微笑みかけると。返る服部の笑顔も優しい。
記録的な大雪と停電。最悪のイブが作った、今日と言う未来の奇跡。
聖夜の魔法は、今も解けない。
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