Holy Night
「……厄日や」
遅れて届いたデリバリーの夕食を済ませて。コーヒーを飲みながら、テレビを眺めて一息ついた頃それは起こった。
「厄はお前一人で背負え。オレを巻き込むんじゃねえよ」
画面がちらついたな、と思った次の瞬間。世界は闇に覆われて、空調が利いて快適だった部屋の温度がみるみるうちに下がっていく。
「寒い」
服部が呟く。
昔。母さんがアロマにはまってた頃に買い溜めてた蝋燭を見つけ、明かりはなんとかしたものの。気温だけはどうにもならない。
腕を組んで縮こまるように座って。なるべく体温が奪われる面積を減らすけど、冷えてくものは冷えていく。家の中だってのに、吐く息が白い。
「上の部屋行って毛布取って来る。お前、そこで待ってろ」
携帯を手に取って、ソファから立ち上がると。
「オレも行く」
待てと言ったのに、服部も立ち上がってオレの後をついてきた。
「あのな」
「せやかて、じっとしとっても寒いだけやろ。動いてた方がまだええわ」
はあ、と。両手に息を吹きかけ、擦り合わせる様子を見ながら。やれやれと息と吐くと、好きにさせることにして前を向く。
携帯のライトを頼りに、階段を上って廊下を進んで。自分の部屋の扉を開いた。
「オレが取って来るから、工藤そっから照らしてて」
進もうとしたオレの横をすり抜けて、服部がベッドの方へと歩いてく。
「なぁ、毛布と布団。どっちのが温くいかな」
ベッドから布団と毛布を剥いで、両手にそれぞれを持って比べ眺める。
「どっちも持ってけばいいんじゃねーの」
「そか。そうやな」
納得したように頷いて。乱暴にまとめると、両手に抱えてこちらに戻って来る。
「あ、おい。毛布下がってるから踏むなよ」
言い終わるより先に。
「おわっ」
「あ!バカ」
垂れ下がった毛布を踏んだ服部が、オレの方へと倒れこんで来て。支えようとしたオレも体勢を崩す。と、そのまま一緒に廊下に倒れこんでしまった。
「……って……」
「す、すまん。大丈夫か?」
「大丈夫なワケ……――」
軽く打った後頭部を摩りながら上体を起こして。逆の手に持ってた筈の携帯が無くなってることと、辺りが真っ暗になっていることに気付く。
どうやら落とす時に指が消灯に触れちまったみてえ。
「……おい。どうすんだよ」
「ほんまにすまん」
蚊みたいに小さい声で誤って。頭を下げたらしい服部から。ごん、と。軽く頭突きを喰らった。
「わざとか?」
「ほんまに、ほんまに!すまん!」
暗くて表情は見えない。だけど、きっとすごく情けない顔してんだろうなってのは声色から分かる。だから、なんか急におかしくなって。
「……工藤?」
声を殺して笑い出したオレを、たぶん服部が覗きこんだ。
「ホント、とんだ厄日だよ」
恐らく、お互いの顔の距離は思い切り近い。だから、このまま顔を上げたら接触事故が起きるな。そんなことを思って。またおかしくて、今度は声を出して笑った。
そんなオレに服部は。状況がよく飲み込めなくて、戸惑っているようだった。
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