My heart is pounding.
そもそも、服部がおかしくなったのは1週間前。
一緒に行った、トロピカルランドからだ。
「あ、ハロウィン限定もうやってる」
「え?何?」
「アレ」
オレが指差す方向。ワゴンに視線を向けて。
「何やアレ。えらい行列できとる」
言葉の通り、どこまで続いてんだって位の列を目で追い。クッキーを口に運びながら、服部が僅かに眉根を寄せた。
「人気あるからな。そりゃ行列にもなるだろ」
「何を売ってる店?」
「キーホルダーだよ」
「キーホルダー?」
商品の名前に、驚いたみたいに眉を上げながらオレを見て。へえ、ともう一度視線をワゴンへと向かわせる。
「何でキーホルダー如き、あないに並んでまで欲しがるのかよう分からん」
ある程度まで列を目で追って、やれやれと息を吐くと。肩を竦ませながら、首をゆるく横に振る。
その様子に、ふと笑みながら。
「ハロウィンに限定で売られるキーホルダーには、なんか特別な魔法がかけられていて。それをお菓子と一緒に好きな相手に贈ると、その相手とスイートな関係でいられるって言う……まあ、商売戦略があるワケ。だから、カップルとか女の子ばっかだろ?並んでるの」
説明してやると。
「そない言われてみたらそうやな」
なるほど、と。服部が納得したように頷いた。
「で。その商売戦略。キーホルダー以外にもあるんだけど」
クッキーを口に放り、まだあるのかと言いたげな瞳がこちらを向く。
「お前が食ってるそのクッキー」
合った瞳に、瞳で笑いかけ、口元に運ばれていたクッキーを指差すと。次のクッキーを迎え入れる為に開いた口はそのまま、固まった服部の後ろで花火が上がる。
「パレードの花火を見ながら恋人に食わせると、ずっと一緒に居られるってクッキーなんだけど。ほら見ろ、タイミングばっちり」
開いたままだった口を閉じ、ゆっくり振り返る服部の瞳には、打ち上げ花火が綺麗に映っていることだろう。
「……お前、ほんま、女子みたいな事好きやな」
花火の方を見たままで服部が呟く。
「こんなんでずっと一緒に居れるのやったら、世の中のカップル苦労してへんで」
「ははは。そうだな」
オレだって、そんなの信じてるワケじゃない。だけど、夢を売る空間に二人で居る間くらいは、夢の世界に生きてもいいかななんて思う。
現実はオレ達にはちっとばかし厳し過ぎるから。
「まあ、たまにはオレ等も、普通にカップルらしくてもいいんじゃね?」
「周りにはそう見えへんて思うけど?」
「いいんだよ。オレ等がそう思ってれば。最悪、オレがそう思ってるからいい」
この場所は、パレードも通らないし、花火を見るにもベストポジションてワケじゃない。だから、パレードが行われている今の時間は、周りに誰も居なくて二人きりだ。
常に二人で居るけど、こういう場所に二人で居ると、やっぱなんか特別な感じがして。服部もそう思ってたらいいな、と思った。
そしたら。ずっと後ろを向いてた服部が、ゆっくりこちらに向き直って。瞳が、オレを真っ直ぐに捉えた。
「……え。何?」
さっき、口に放り損ねたクッキー。それを、オレの方に向かって差し出している。
「カップルらしい事したいのやろ」
「いや、うん。そうだけど」
「せやから、ほれ。口開けぇ。あーん、て」
嘘だろ。ここでか。
思わず辺りを見渡す。うん、やっぱ周りには誰も居ないけど。居ないけど、だ。
あーん、って。
恐らく赤くなってるであろうオレの顔は、辺りの闇が消してくれてる。花火の光が照らしても、その色に誤魔化されて分からない筈だ。
「オレとはずっと一緒に居りたくないんか」
セリフとは似合わない、強い瞳と口調なのは、ヤケクソだからなんだろうか。よく分からないけど、恥ずかしがってる素振りは服部には見られない。
「ん、んなワケねーだろっ」
「したら、はい。あーん」
反論すると。即座にずい、と更に近付けられるクッキーに。視線を落とし、一つ呼吸をおいて。
パクリ。ぎゅっと瞳を閉じて、クッキーを自分の口に収めた。
口を閉じる際、服部の指先が唇に触れて。瞳を開くと。
「……」
丸い目をしながら、自分の指先を眺めている服部の顔が映った。
「服部?」
「え。あ」
名前を呼ぶと、はっとしたように視線を上げて。合った瞳をすぐに逸らすと、くるりオレに背を向ける。
さっきの表情はなんだろう?
自分でさせといて、驚いてるみたいだったのが意味が分からない。
「ほな、カップルらしい事もしたし。ゆっくり花火でも見よか」
「あ、ああ」
隣に並んで、花火を見ながら。ちらり、横目に服部を見ると。花火なんかちっとも見てなくて。何だか複雑な表情をしながら、残りのクッキーを食べていた。
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