はじまりはいつも雨
「ちゅーか、ジブンあれやろ。うちの生徒ちゃうやろ。なんでココに居んねん」
貸し出しカードを書いている最中も、やはり隣でその様をただ眺めている男に、平次はそちらは見ずに問いかけた。
「ん?あー……まあ、それはそのうち分かる」
「なんやそれ。それと、名前は?人の名前聞いたら、自分も名乗るのが礼儀っちゅうモンやで」
本日一発目。平次の名前を知った彼は、まだ自分の名前を名乗っていない。
「そう言や名乗ってなかったっけ。新一。工藤新一」
「ふーん。普通やな」
「どう言うリアクションだよ」
カードを書き終えて、工藤新一と名乗った男を改めてちゃんと見てみる。
今日も制服は着ていない。どう見ても私服。だが、見た目から言って、新しく教師としてやって来た、と言う訳ではないだろう。
だとすれば、可能性として高いのは転入生。
「歳は?何年や」
「17。2年だよ」
高校2年で転入。事情あり、と見るべきだろうか。それはひとまず置いておいて。同い年と聞いて、少しだけ平次の警戒が薄れた。
「なんや、同級か。けど、転入生の話なんていっこも出てへんかったけどなぁ?」
転入生が来る場合、多くは事前に話が出ているもので、出ていない場合にも、どこかからうわさは広がるものだ。だが、ここ最近でそのような噂を聞いたことはない。
片眉を上げて首を傾げる平次に。
「そりゃそうだろ」
そんな言葉が届いて、新一の方を振り返る。
「は?」
「いや、こっちの話」
見せる笑みに、不審の瞳を向けるが。新一の表情に変化は見られず。諦めて、本を鞄に入れると、ひとつ息をつく。
「したらオレ帰るけど」
「そっか。オレはもうちょっとここに居る。じゃな、服部平次君」
「フルネームで呼ぶなや」
「じゃ、服部君?」
「呼び捨てでええ、呼び捨てで。同い年やろ」
やれやれと肩を落として。鞄を抱え、出口の方へと体を向けながら向けた瞳に。
「ほなな、工藤」
「ああ。またな、服部」
映った新一の姿が、なんだか妙に儚いものに思えて。扉を抜ける瞬間、もう一度だけ振り返ってみたら、そこに新一の姿はもうなかった。
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